第329話「恋は勉強」


セシルと別れた駅から、一人歩いて家に帰宅。


自分の部屋に入ると。



「あ、おかえり」



そこには、蒼の姿。


真夏の夕暮れ。


クーラーもない部屋は蒸し暑い。


窓を開けて、扇風機を回す。


それが、この部屋でできる数少ない涼む手段。


当たり前だが、現状もそうしている。


そして、扇風機の前で涼んでいるのが蒼だ。


オーバーサイズなシャツを一枚着ているだけの、涼しげな格好。


だらしないと言えばだらしない。


横からブラが見えるし、座り込めばパンツだって見えてしまう。



「ただいま」


「どうだった? デートは」



棘のある質問だ。



「ま、まぁ・・・」


「ふーん?」


「蒼さ」


「なに?」


「ちょっと、立ってくれる?」


「ん?」



どうして? という疑問が、蒼の頭に浮かぶ。


そりゃそうだ。


いきなり立て、なんて。


それでも、蒼はその場で立ち上がる。



「立ったよ。なに?」



蒼が立ち上がると、オーバーサイズのシャツが、ひらりと太ももあたりまで伸びる。


まるで、ワンピースのような感じ。



「ごめん、特に意味はないんだけどさ・・・」



そう言いながら、蒼に向かって一歩、そしてもう一歩。


蒼の目の前まで歩を進めて、それから両腕を蒼の背中の方にもっていく。


そのまま、蒼の身体を自分の身体へ引き寄せる。



「ひぇっ!?」



あまりにも突然の出来事で、そんな可愛らしい声を上げる蒼。


苦しくならないように、優しく。でも、ぎゅっと強く抱きしめる。


蒼の温もりを、直で感じる。


それは、暖かくて、ドキドキして、幸せだなって思えるものだった。



「セシルの、言うとおりだな」



小声でそう呟く。


抱きしめてる蒼にも聞こえないぐらいの小声で・・・。



「どうしたの・・・? 先輩」


「ううん、おれ、やっぱり蒼のこと好きなんだなって」


「え・・・? ほんと?」


「うん」



すっと、お互いの身体が離れていく。


何となく、切なさのような感情が生まれる。



「先輩、今まで私のこと好きじゃなかったんですか?」


「え、いやまぁ・・・そんなことはないけど」


「それ、信用していいんですか?」


「うん。大丈夫」


「私のこと・・・」


「好きだよ」


「じゃ、これからいっぱいイチャイチャしても、いいんですか?」


「大丈夫・・・かな」



なんていうか、とりあえず今は、これでいいんだと思う。


人を好きになるなんて、よく分からない感情だ。


だから、また疑心暗鬼になるかもしれない。


でも、今はそんなことない。


これが恋という感情だとするなら、大丈夫だろう。


そしてこれから、時間をかけて恋というものを学んでいこうと思う。


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