第325話「クマのぬいぐるみ」


学校を出て、何もない街をぶらぶらと歩く俺とセシル。


今日しかない特別な1日を、なにか特別な事をして過ごしたいと思ったりもする。


だが、その特別な事と言うのが、全く思いつかない。



「セシル?」


「ん?」


「なにか、したい事とかある?」



今はただ歩いているだけ。


これではつまらないのではないだろうか。


だからと言って、何かやることがあるわけではない。


することがあるわけでもない。


せっかく日本に来て、その1日を俺と会うことに割いてくれてるんだ。


中途半端なことをして、変な風に終わりたくはない。



「俺じゃ、何も思いつかないから」


「うーん・・・私もそこまで。今日は友彦に会うためにここまで来たから」


「あ、うん」


「でも、歩いてるだけでも楽しいよ」


「そう?」


「まぁね。でも、そうだな・・・あ、これ懐かしくない?」



セシルが指さす先には、アトリエ工房のようなお店があった。


布や糸などの手芸品と一緒に、可愛らしいぬいぐるみも売っている。



「えっと・・・」


「忘れたの? 友彦が私にぬいぐるみ買ってくれたじゃん」


「あ、あぁ・・・」



デカいクマのぬいぐるみだっけか。


たしか、クリスマスプレゼントに。


そう、セシルとお揃いで買っていた。


俺の部屋にはデカすぎるから、押入れの奥底に封印していたような気が・・・。



「あれ、すごく嬉しかったよ」


「どうも」


「いっつも一緒に寝てる」


「ぬいぐるみと寝てるのか?」


「友彦だと思って抱いてるよ」


「なんで・・・」


「たまに会いたくなって、寂しくなるから」


「そ、そうなんか」


「友彦ぐらいだよ? こんなに仲良くなれた男の子の友達」


「そうなんですか」


「うん。引っ越し多いからさ。あと、ヨーロッパとかだとノリが違うっていうか」



それに関して言えば、俺が日本の標準値だと思わない方が良いと思われる。いや、絶対そう。



「ノリ違うって言うけど、セシルはそっちのノリの方が馴染みあるでしょ?」



そっちというのは、セシルが生まれ育ったヨーロッパ。



「うーん、どうだろ。日本は居心地よかったから」


「そうなのか」


「まぁでも、その時の気分よ」


「気分屋だな」


「そんなもんよ」



そんなもんか・・・。


セシルからしたら、日本は東洋の島国で、遠く離れた異国の地。


生まれ育った環境の方が、絶対に良いと思っていたが・・・。


どうやら、そうとも限らないらしい。


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