第309話「女の匂い!」


家に帰ると、そこには三永瀬蒼がいる。



「もう! どこ行ってたの?」



部屋に入るやいなや、頬を膨らませて言い寄ってくる。



「ちょっと用事があって」


「用事があって?」


「用事があったんだよ」


「私に言えない用事なの?」


「別に言わなくてもいいじゃん」


「浮気してたんだ!」



なんで“蒼に言えない用事=浮気”になるんですかね。


岩船先生の家にお邪魔していた。


やましいことはないので、正直にそう言った方が話は早い。


でも、蒼はどこか岩船先生のことを毛嫌いしている。


だから、岩船先生の名前は出さない方が無難だろう。


そう、自分の中で判断しての言動だ。



「クンクン・・・」


「何してるの」



スッと身体に抱きつかれ、鼻を押し付ける蒼。



「女の匂い!」


「犬かよ」


「先輩! 女と会ってたでしょ!」


「まぁ・・・」


「ほ、ほんとなの・・・?」


「浮気ではないからな?」


「う、嘘つけ・・・!」



ちょっとずつ言葉に力がなくなってきている。


本気で不安がっているような、よれよれの声。



「今日はちょっと、岩船先生と会ってたんだよ」


「岩船先生?」


「まぁな。あの人理系の人だから、進路の話」


「ほんと?」


「ガチ」



そう言うと、ホッと胸をなでおろすように一呼吸。



「なーんだ」



岩船先生の名前を出すと、機嫌が悪くなると思っていた。


だけど、案外その一言だけで済んでしまった。


これは、最初から正直に話していた方が面倒じゃなかったかな。


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