第308話「ニート先生の話し相手」


夕飯を食べてから、ちょっとした談笑をする。


そうしたら、あっという間に時間は流れてしまう。



「そろそろ帰りますね」


「すまんな。こんな遅くまで」


「いえいえ」


「村上と話していると、楽しい気分になる」


「そう言ってくれると、嬉しいです」



こっちからしてみれば、コミュニケーション能力が低い自分と会話してどこが楽しいのか疑問でしかない。


いつも話を聴くばかりで、そのくせしてどんな反応をしていいのか分からないことが多い。


そしてそのまま、微妙な反応になってしまう。



「また話し相手になってくれ」



彼女は感情が表情に出にくい人だけど、そう言う岩船先生の表情は、やっぱり無表情。


でもその表情の中には、かすかに期待と楽しみを含んでいるように思えた。



「また来ますね」


「待ってるぞ。勉強も教えるから」


「ありがとうございます」


「村上がまさか天文学を本気で目指すとはな」


「ま、まぁ」



ちなみにだが、岩船先生に志望理由は明確に話していない。


興味があるから。そうとだけ伝えてある。


別に嘘ではない。だから、心が痛むとかそういうのはない。


でも、本命は蒼が絡んでいる。


そこら辺は、岩船先生にあえて話すことでもない。


だから、黙っていることにした。


あと純粋に、動機が不純。



「おやすみ」


「はい、おやすみなさい」



岩船先生の言葉に、返事をする。


久しぶりに会った岩船先生は、どこか優しい感じだった。


なんというか、教師をやっていた頃とは性格が変わったような気がした。


プライベートだからとか、そういう話ではなく、どこか本質的に変わっているような、そんな感じ。


ガチャ。


玄関のカギを解除し、ドアを開ける。


外は真っ暗。まだ夜は肌寒い。


ポケットに手を突っ込みながら、岩船先生の家から一人で帰った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る