第291話「ウルフの少女」


5月下旬。ある日、部室に向かうと見覚えのない人がそこにいた。



「あ、こんにちは!」



無駄に覇気を感じるウルフカットで長身の女の子。


長身とは言っても、俺より少し高いぐらい。


女子の中では長身の方だろう。



「え、えっと・・・どうも」



唐突にあいさつをされたので、適当に返す、それから部室をキョロキョロと見まわす。


すると、角っこで読書をする蒼の姿を発見した。


こういう時の蒼は、空気になることに徹している。



「あのさ・・・」



黙って蒼の隣に向かい、コソコソと話しかける。



「なに?」



不機嫌そうな返しだ。


でも実際に不機嫌なのかと言われれば、そんなことはないのだろう。



「いや、あの人」


「1年生だって」


「あ、そうなの」



ということは、新入部員ということだろうか。


仮入部期間が終わり、本入部期間へ移行。それも2週間以上経過したこの期に及んで新入部員が現れるとは・・・。


今年は新しい人間関係が生まれず、平穏な1年になると思っていたのに・・・。



「どうも。あなたが村上さんですね」



と、わざわざ距離をとったのに、ウルフの少女が近づいてきて話しかけられる。


なぜ事前に名前を知っているのか疑問は残るが、恐らく蒼が話したのだろう。


そう脳内で疑問を片付けながら、ウルフ少女の問いかけにぎこちなく答える。



「あ、はい。そうです」


「わたし、海老名歩夢(えびなあゆむ)って言います。よろしくお願いします」


「あ、はい。よろしく・・・」



キリっと角ばったお顔からは、ほのかに笑顔が窺える。



「あら、もう来てたのね」



そこへ、夕凪先生がやってきた。



「二人とも、彼女が今日から天文部に入部してくれた海老名歩夢さんだよ」



と、夕凪先生がご丁寧に紹介してくれた。


名前はもう知っています。


ただ、彼女が新入部員という不確定な事実が、夕凪先生の言葉によって確定してしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る