第287話「自由気ままに」


ショッピングモールに来たというのに、買い物をここまでに一度もしていない。


本来ここは、買い物をするところ。


今までに俺は、何度かここに来たことがある。


それはもちろん、買い物をするためだ。


買い物をするための場所なのだから、買い物をしにくるのは当然のことだろう。


というか、それが当たり前だと思っていた。


だけど、今はその当たり前ではないことをしている。


買い物をするところで、買い物をしない。



「次はどこ行こっか」



そんな言葉が聞こえてくる。


蒼はこのショッピングモールで、買い物をする気があるのだろうか。


いや、間違いなくないだろう。


ただお店に入って、陳列されている商品を見て、それで終わり。


俺一人じゃ絶対にやろうとは思わない。


なぜなら、つまらないからだ。


買い物をしたら面白いのかと言われれば、そうではない。


ただ、買い物というのは、欲しいものがあるからするものであり、それ自体が面白いわけではない。


だけど、今は蒼が隣にいる。


ただそれだけのことなのに、なぜか楽しいと感じれる。



「俺は行きたいところないけど」


「そんなこと言わないでよ。でも、私も行きたいところはないんだけどね」



行きたいところがない。目的がないのだから、そうなってしまうのも仕方のないこと。


ただひとつ言えることは、会話をしているだけで楽しい。


だから、また別のところに行ってもいいと思えること。


こんなこと、今までにあっただろうか。


恋人という存在が、こういう感情にしているのだろうか。



「帰る?」


「俺は家の方がいいかな。ここは人が多すぎる」


「じゃあ帰ろっか。おうちデートにしよ」


「デートなんだ」


「今日はデートの日でしょ?」


「なんですか、デートの日って」


「そういう気分の日」


「そっか」



目的もなく出かけて、こんな会話ひとつで帰宅する。


気ままで自由で、まさしく優柔不断。


こんな人間関係。俺は結構好きだなって思う。



「じゃあ、帰りましょうか。先輩!」


「そうだな」


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