第272話「彼はカッコいい王子様」


「ごめん・・・ひどいことを言って」



俺がそう言うと、蒼は涙を拭ってすっと身体を寄せてくる。


軽く抱きしめてくる蒼の身体は、とても温かい。


背中に回り込まれた彼女の両手は、後ろでクロスされて、お互いの身体を引き寄せる。



「私のことは好きにならなくてもいい。でも、私の先輩への気持ちは信じてほしい」


「・・・うん」


「好きじゃないと、こんなことしないよ? 居候したいとか、一緒に寝たいとか。言わないよ?」


「うん・・・」


「先輩は・・・友彦って人間は、どうしようもないダメ人間なのかもしれない。でも、私から見ればカッコいい王子様なんだから。誰にも代えがたい、私の大好きな人なんだから」


「そ、そっか・・・」


「分かってくれた?」


「う、うん」



まだ信じ切れてないこともある。


だけど、そんなこと気にする方がおかしいのかもしれない。


嘘なら嘘でもいいのかもしれない。


こんな俺に、恋愛というものを教えてくれた、体験させてくれた蒼には、嘘でも感謝すべきなんだろう。


そして俺は、三永瀬蒼という女の子に、本気で恋をしてもいいのではないだろうか?


例えこの恋に終わりがやってきても、こうやって恋していた時間が無に帰すわけではない。


楽しかった思い出がリセットされるわけではない。


先のことを、もしものことを考えるなんて、無駄なことなんだろう。



「蒼に一つ質問したい」


「なに?」


「なんで、俺のこと好きになってくれたの?」


「ふふっ、何その質問」



そんな感じに、ちょっと笑われた。


小バカにするような、そんな笑み。


だけど蒼は、真剣に答えてくれた。



「ちょっと前に、言ってくれたじゃないですか。一生傍にいてもいいって」


「えっと・・・あ、あぁ。そんなこともあったな」



いつの日かは忘れた。


だけど、そんなこともあった。


それだけは覚えている。


蒼は居場所を探していた。


その踏み台として、俺を選んだ。


ただ、それだけの話。それだけのこと。



「あれが、全ての始まりですよ」


「そうだったのか」


「こんな私に居場所をくれたことが、すっごく嬉しかったんです。私を歓迎してくれたことが、認めてくれたことが」


「そんな深く考えてなんか・・・」


「それでも、ですよ。私は一生先輩の傍にいるって」


「一生・・・か」



あれってそんな規模のデカい話だったっけか。



「もうプロポーズみたいなもんですよね!」


「いや、え・・・?」


「でも、私に居場所をくれたのは先輩ですよ。それは間違いない」


「そうなのかな。おれ、友達とかいないから、居場所の輪っかを広げられてない気がするけど」


「それでいいんです。先輩がくれた居場所は、私だけのものですから」



どういう理屈だか分からないが、それで蒼が納得いくなら、まぁ。


結局のところ、匠馬が言っていたことは8割以上当たっていた。


彼女は居場所が欲しかった。


だけど、居場所が欲しいから俺に歩み寄ったんじゃない。


俺が知らない間に、居場所を作ってあげていたらしい。


その居場所を蒼が選んだ。それだけが、匠馬の誤算だった。


蒼は、自分を必要とする人間が欲しかった。


もし、この恋が冷める時がきたとするなら、蒼は俺の他にも居場所を作れたということ。


今以上に大きな意義を持つ、蒼の新しい居場所を作れたということ。


最初から、俺は踏み台のつもりだ。


だから、それはそれでいいと思う。


そう、思うことにした。


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