第112話「最後のおしゃべり」


3月下旬のこの季節は、暖かくとも寒い気候だ。


それは日によってマチマチで、今日は中でも寒い日だった。


空港のラウンジ。屋外には、その寒さもあってか人の数はまばら。


それなりに他人との距離を保てる場所で、俺とセシルはベンチに座る。



「いつの間にか、荷物増えちゃった」


「スーツケースに全部入るのか?」



手土産やら何やらと買っているうちに、両手に何かしらを持っている状態となるセシル。


今は俺がそのいくつかを持つことはできるが、それもせいぜいあと数時間だけといったところだ。



「何とか入るんじゃない? ロッカーに預けてるのもあるし」



セシルは既に大きなスーツケースを一つ転がしている。


それなのに、ロッカーにまだ追加のがあるとは・・・。


どれだけ大荷物なのだろうか。



「そんなに大荷物なら、貨物で送った方が良かったんじゃないか?」


「ソノテガアッタカ」



いわゆる国際郵便とか言ったりするやつ。



「しっかりしてくれよ」


「こんなに大荷物で飛行機乗ることなんてないからね」


「まぁそんなもんか」


「それに、この荷物の中には思い出がたくさんつまっているから」


「くっさいセリフだな」


「悪かったわね。でも、こんなに日本語うまくなったんだから、もうちょっとだけ日本にいたかったかな」


「確かに、もう日本で暮らしていけるぐらいだな」



最初もなかなか喋れていた方ではあるが、最近のセシルは言葉の壁を感じさせない。


というか、もう日本人と会話していると錯覚できるほど、セシルの日本語は上達していた。



「やっぱり、身を置くと身につくペースも早いんだな」


「そうかもね。この国は英語とか通じないから、なおさら」


「英語通じるとどうだった?」


「英語に甘えてたかも」


「なるほど」


「これだけ喋れていたら、また日本に来ても大丈夫よね?」


「全く問題ないと思うぞ」


「暮らしていける?」


「今まで暮らしてこれただろ?」


「そうだね。じゃ、また日本に来るよ」


「待ってるよ」


「ありがと。そろそろ時間だ」



飛行機の時間まで残り2時間。


国際線は国内線とは違い、何かと時間がかかる。


だからもう、お別れの時間のようだ。


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