第59話「もちろん気がするだけ」


旅館の客室。そこには、特にやることのない、暇な男女がいた。



「旅館って何するところなの?」



と、セシルから難しい質問。


一言で答えるのなら・・・。



「宿泊施設だから、泊る場所?」


「泊まる場所なら、夜になるまで観光地とか回っているべきでは?」



まぁ、そうなりますよね。



「のんびりするのも、温泉旅行の醍醐味だよ」


「そうなの?」


「そうじゃない?」


「じゃあわたし、温泉はいってくる」


「わかった」


「友彦は行かないの?」


「俺はまだいいかなぁ・・・」


「一緒に行こうよ」


「えぇ・・・」



入口までは一緒に行けても、そこから先は別々だ。


わざわざ一緒に行く必要性を感じられない。



「ノリ悪いよ」


「俺はそう言う人間だ」


「そっか。ならいいよ。わたし一人で行ってくる」


「おう。いってらっしゃい」



そして、タオルやら着替えやらを持って部屋から出ていった。


一人になった客室は、妙に静かで、妙に広く感じた。


窓を開ければ、すぐ下を流れる川の音が聞こえる。


空気はちょっぴり冷たくて、でもとても新鮮な感じがして。



「田舎もいいものだな」



岩船先生が気に入るのも分かる気がする。


ただボーっとするだけ。しかし、家でボーっとするのとは、また違った感じ。


環境が違うだけ、場所が違うだけ。それなのに、すごく心が落ち着くような気がした。


もちろん気がするだけである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る