第39話「あの日の出来事」


平林綾香とこの村上神社に訪れたのも、かれこれ4年前のはなし。


当時の彼女は、はっきり言って病んでいた。


それは、誰に言われるでもなく、誰が見てもそんな感じだ。そう見える。



「神頼みってのも、良いもんじゃないか?」



俯く彼女を連れ、ここにやって来たのは、理由があったからというわけではない。


ただの気まぐれだ。



「聞いてるのか? 平林?」


「あ、はい」



名前を呼ぶと、目線をピクリとも動かさないで、小声で返事だけする。



「会話ってのはな、キャッチボールなんだ。私が投げたボールを、平林は返さないといけない。わかるか?」


「すみません」


「まぁいい。とりあえず、お参りしようか」



賽銭箱に小銭を投げ込み、そして手を叩いてから合わせる。


真似をするかのように、彼女も手を合わせる。



「よしっ」


「先生」


「なんだ?」


「訊いてみたいことがあります」


「うむ」


「先生は、どうしようもないことがあると、どうしますか?」


「どうしようもないことか。どうしようもないことは、どうしようもない。世の中できないことだってあるからな」


「そうですよね。やっぱり、我慢するしかないですよね」


「それは違うぞ。どうしようもないことは、形を変えてどうにかするんだ」


「カタチ?」


「方向性を変えると言ったら分かりやすいかもな。要するに、考え方の転換だ」


「カタチ、ですか」


「平林は、なにか悩みがあるんだろ?」


「いえ・・・」


「話した方がいいぞ。私なんかじゃ力になれないかもしれないが、あんたの傍にいることぐらいはできる」


「え・・・?」


「いてやるぞ。傍にいるなんて簡単なことだ。君とこうやって会話を重ねるだけでも、私としては楽しいことだ」


「こんな、病んでる人の相手をする必要なんて」


「今は病んでるかもしれない。でも、君の本質は違うんじゃないのか?」


「違う・・・かもしれませんね」


「なら、君の本質をみてみたい。どうだ?」


「・・・また、会ってくれるんですね?」


「いつだって連絡しろ。電話でもメールでも、対応してやるよ」


「ありがとう・・・ございます」



今思えば、この会話を過信し過ぎていたのかもしれない。


それからの平林は、私の前や天文部では心を開くようになった。


彼女の性格は、人を微笑ますほどに明るいものだった。


そんな姿を見て、私はホッとした。


もう、病んでいないと、勝手に思っていた。


過信というのは、良くないものだな。


いつもいつまでも、周囲に気を配れるような人間になりたいものだ。


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