第30話「帰らぬ人。残る悔い」


橋の下は、昼間というのに暗かった。


そんな暗さの中に、ひっそりと目に映る赤い血。


右手に持たれてるのは、果物ナイフのような鋭利なもの。


そんな姿をみた岩船先生は、彼女の目をそっと閉じてあげる。


それから、手を合わせる。


一応、確認はした。


心臓は動いていない。呼吸もない。脈もない。


それどころか、体温がほんのり暖かい程度で、平熱よりも明らかに冷たかった。


焦って救急車を呼ぶことは、しなかった。



「警察には連絡したのか」


「先生が来る、ちょっと前に」


「そうか・・・守れなかったな」


「前々から気になっていたことなんですが、平林さんって」



彼女は、どこかワケありな気はしていた。


しかし、そのワケはよく分からない。


教えてくれなかったのだ。


でも、教えたくないワケだってある。だから、知的欲求を今まで抑えてきた。



「あぁ・・・そうだな・・・ん?」



話してくれそうな空気になったが、その前に、先生が何かに気づく。



「これ・・・」



それは、平林さんの着ている服のポケットに入っていた。


一枚の手紙。遺書だろうか。



「お前宛だ」



そう言い、その手紙を渡してくる。


確かに、村上友彦。俺の名前が書かれていた。


しっかりとのり付けまでされていて、簡単に他人が見れないようになっていた。



「これ、今読んでも良いんですかね」


「好きにするといい」



そう言われたので、封を開いて中身を読む。


文字は、すべて手書きだった。


シャーペンで横書きだ。内容は何十行にも及んでいたが、全部しっかりと読んだ。


そして、ポタポタと涙が零れていった。



「どうして・・・気づけなかったんだろ」


「辛いな。私も悔しい」



そっと背中をさすってくれる岩船先生の瞳からも、涙が零れそうだった。


それから数分もしないうちに、警察がやって来た。


それからのことは、よく分からない。


岩船先生が、学校に戻れと言ったからだ。


そして、このことは他言無用で・・・とも。


心配しなくても、俺には話す友達がいませんので。


唯一友達と言えたかもしれない存在は、今さっきいなくなってしまった。


悔しいって気持ちとか、悲しいって気持ちとか。色んな感情が自分の中を支配する。


でも、例えどんな想いになったとしても、平林さんがもうこの世にいないって事実は、絶対に変わらない。


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