第29話 東城里子は結論する
彼の声を聞いただけで、私は心臓を締め付けられるような気がした。
『あんたのせいで、ましろは死んだとよ』
ふと、過去の記憶が甦る。
橋本ましろが死んだ時、私は彼を責めた。あの時は、本気でそう思っていた。ましろの側にいたのは私だったのに。私はましろが抱える悲しみを何も見抜けなかったのに。彼の方が、私よりも余程、悲しんでいたかもしれないのに……。
「もしもし。
電話の声は再び言う。
私は慌てて、言葉を探す。
「ひ、久しぶり、
思わず、声が上擦ってしまう。
「ん。先月、墓参りで会ったばかりじゃないかな」
「そ、そうだったわね……」
「先月は、足に使って悪かったね」
「き、気にせんで。ましろも、きっと喜んだと思うけん」
私は再び言葉に詰まる。やっぱり、どうしても上手に話せない。これじゃ、ただの気持ち悪い女だ。嫌われたらどうしよう……。
『ねえ、誰とお話ししてるの?』
突然、電話の奥から、女の子の声が聞こえた。
私はその声にピンと来た。
私と桑本は、先月、ましろの命日に共に墓参りをした。その時も、桑本は可憐ちゃんを連れていた。可憐ちゃんは、とても桑本に懐いており、素直で可愛らしい子だった。年齢は一二歳だと言っていたが、その割には少し、子供っぽい印象だった。
「ああ。
桑本は電話の奥に言い、こちらに声を向ける。
「で、どうしたんだい。東城さんから電話をくれるなんて。何かあったのかな?」
桑本に問われ、私は、言うべき事を思い出す。
「ちょっと知恵を借りたくて。考えるのは、得意でしょう?」
暫しの沈黙。そして……。
「勿論。構わないよ。僕の知恵で良ければね」
桑本の声が、少し明るくなった。彼は、謎ってやつが大好物なのだ。
ああ、この声だ。久しぶりに聴いた。いつもましろを笑顔にして、私の悪い冗談に怒りもせずに、更に冗談を返してくれる時の声……。
「多分、桑本君じゃないと解らないと思う。ごめん。こっちの都合の良い時ばかり電話して。ましろの事、あんなに責めたとにね」
「良いんだよ。君に
「うん。最近、こっちでは、変な噛みつき事件が連続で発生してるんだけど……」
私はやっと、本題へと移った。そうして暫く話し込み、事件の概要を説明する。
「成る程ね。なんとなく解ったよ」
春はそう言って、持論を展開する。
最後に挨拶を交わし、私は電話を切る。
ほろりと、涙が落ちる。私は、やっと自分の気持ちに気が付いたのだ。
私はましろが大好き。でも、桑本春の事も好きだ。私は、ずっと自分に嘘をついて、その気持ちに気付かないふりをしていた。
今頃、こんな簡単な事に気がつくなんて。
桑本は、今年の八月にはまた、ましろの墓前に花を供える為に熊本に帰って来るだろう。私はその時、彼にどんな顔を向けよう。上手く、笑えるだろうか……。
私はぐっと涙を拭いて、走り出した。
★
五分程で自宅へと戻り、居間の扉を開ける。
定義は、諦めきった面持ちで、口を半開きにしている。真子さんは、何故だか少し青ざめている。
「ねえ、瞳。調べて欲しいんだけど。江津湖で最初の噛みつき事件が発生する前に、東バイパス辺りで軽トラックが絡む交通事故が起こったりしていない?」
戻るなり、私は言った。
東バイパスとは、江津湖に沿って走る熊本の大動脈の一つだ。
問われると、瞳は渋々、警察署に電話をかけた。そして、暫く話し込んでいたが……。
「うん。あったみたい。どうして解ったの?」
瞳は、驚きを浮かべて言う。
「やっぱり……」
私はポツリと呟いた。
瞳の話によると、最初の噛みつき事件が発生する数時間前、東バイパスで、タクシーと軽トラックとの衝突事故が発生していたらしい。ぶつけたのはタクシーの運転手の方だった。それなのに、軽トラックの運転手はぶつけられた事に文句も言わず、逃げ去ってしまったのだそうだ。
誰も怪我をせず、被害届も出なかった為に、警察はその軽トラックを疑わず、事件と関連付けていなかった。記録が残っていただけでも奇跡的だ。
「写真の軽トラ、荷台が少し潰れてたでしょ。多分、事故を起こした時に軽トラックのコンテナが壊れて、二匹だけ犬が逃げ出したとよ。で、その二匹が江津湖で噛みつき事件を起こした。逃げなかった犬達は、城南の山に連れていかれて、捨てられちゃったんだ。別動隊なんか存在しない。瞳。迷わず、犯人を捕まえて良いわよ」
私は一気に言い切った。
「里子、あんた急に頭良くなって、どうしたと?」
瞳は、私に驚きと賞賛の眼差しを向ける。
本当は、この推理は
「ほら、なにをポケっとしとると。さっさと仕事してきなさい!」
私は偉そうに、瞳の尻を叩く。
すると瞳は、携帯端末を握りしめ、すぐに私の家を飛び出して行った。
「瞳さんって……いつもあんな感じなの?」
ポツリと、真子さんが言う。
「何を見たの? 瞳、何かやらかした?」
私は真子さんに問う。
すると、真子さんと定義は、どんよりとした様子で、顔を背けた。
瞳め、私がいない間に何をしたのだ!
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