第26話 失った花
実は、この話には続きがある。
私が知る限り、私の親友の
ましろには、他人とは違う、特別な魅力のような物があった。
ましろは、一見しただけで、異質だった。単に美しい、と、いうだけではない。どこか浮世離れしていて、話し方も穏やかで、物の見方も高尚で、常に思いやりに満ちていた。
見た瞬間に、清いのだ。
それをなんと例えるべきか、私には上手く言えない。カリスマと呼ぶのか、
そんなましろに対する私の感情は、親愛の情を通り越して、
ましろの喜びは、私の喜びだった。
一方で、泰十郎の幼馴染君にも何かしら、捉え処の無い才覚というか、知性のような物が備わっていた。彼は学校の成績は悪かったのだが、地頭が良くて、その発想や発言は、度々、教師達を驚かせた。学年で一番成績が良い生徒も、泰十郎の幼馴染君には一目置いていた。幼馴染君は、いつも張り詰めた顔をしていて、他人を寄せ付けない雰囲気があった。そのくせ優しくて、淋しがり屋だった。
ましろと泰十郎の幼馴染君は、常人には計り知れない
二人は明らかに、両想いだった。ただし、その事に気がついていたのは、私だけだったと思う。泰十郎でさえ、二人が想い合っている事に、まるで気づいていなかった。
ましろと、泰十郎の幼馴染君、繊細な二人の恋は、見ているこっちがハラハラする程不器用で、危うかった。
私は、二人の恋を守りたくて、何度も余計な世話を焼いたものだ。
ある時は、二人が同じ美化委員になるように推薦したり、また、ある時は、二人が修学旅行で同じ班になれるように、くじ引きの結果に文句を言ったりもした。席替えの時は、二人がなるべく近い席になるように、ましろに頼んで席を変わって貰ったりもした。
「もう。さっちゃん、変なお節介はやめて」
ましろは照れて、そんな風に言う事もあった。確か、修学旅行の班決めの時だ。
「どうして。あいつの事、好きなんでしょ?」
私は惚けて言い返す。
「それは……」
ましろは顔を赤くして、言葉に詰まる。
そんな、ましろの意地らしさが胸に刺さり、私は余計にやる気を出してしまうのだ。私は、修学旅行の間、ましろと幼馴染君が出来るだけ二人きりになれるように、立ち回った。
そんな私の努力が実り、ましろと泰十郎の幼馴染君は、修学旅行の帰りのバスで、ひっそり手を繋いでいた。その時には、嬉しくて涙が出たものだ。
そう。私は泣いた。たった一人で。それは、中学二年生の時の事だった。
やがて、二人は別々の高校に進学し、一度は離れ離れになった。だが、いつかは結婚するのだろうと思っていた。何故だか、それは自然で当然の事だと思えた。二人は産まれながらにして結ばれているような、そんな特別な存在だったのだと思う。
だが、ましろは死んだ。
私のかけがえのない親友は、二一歳で睡眠薬を過剰摂取して、そのまま目を覚まさなかった。
花だらけの
ましろが死んだ時、私とましろは、別の大学に通っていた。ましろはとても頭が良かったので、熊本の医大に通っていた。ましろが恋した人は熊本を離れ、東京の専門学校でシナリオを学んでいた。
私は、ましろを一人にするべきじゃなかったのだ。あの人も……。
ましろが何故、死を選ばなければならなかったのか。それは私にも解らない。考えても、考えても、解らなかった。
当時、私とましろは別々の大学に通いながらも、ちょくちょく連絡を取り合っていた。月に一、二回は直接会っておしゃべりもしていた。その時は、ましろが何かを思い詰めている風には見えなかったし、恋愛関係の悩みを抱えている感じでもなかった。
私は何も見抜けなかった。ましろの絶望の前では、なんの役にも立たなかった。
気がつくと、真子さんは穏やかに寝息を立てていた。その寝顔の美しさに、薄っすらと、ましろを重ねてしまう。ましろも、生きていたら真子さんぐらい美人になって、あの人と結婚したのだろうか?
今度こそ、死なせない。
湧き上がる決意は、胸を焼くような痛みを伴っていた。
止めどなく、涙が伝う。
ましろにとって、私も、この熊本も、何もかもが無力だったのだろうか? ましろが恋したあの人もまた、無力だったのだろうか? 彼がましろの傍を離れなかったら、何かが変わっていただろうか?
私に言えるのは、人は死ぬ。と、いう事だ。人は死ぬし、失う。ある日、突然かけがえのない何かが無くなって、どうする事も出来ずに、唯、悲しくて
私は、狼狽え続ける自分を、道によって世界に繋ぎ止めているに過ぎない。
多分、彼もまた、私と同じような疑問を胸に、今をやり過ごしているのだろう。現在、彼は東京に住んでいる。ましろの死後、年に一度か二度、連絡を取り合ってはいる。ましろの墓参りをする時、私達はいつも一緒だった。
今年の八月もまた、私は彼と会うだろう。その時、私は彼を責めずにいられるだろうか? 責められるべきは、彼だけじゃないのに。私は無力な自分を棚に上げ、彼を責める事によって自分を正当化しているのだ。
やり場のない本心を誤魔化す為に……。
彼の名前は、
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