第21話 三秋優海は引き止める。
女の子は一○歳で、名前は、
私は、かおりちゃんと公園のベンチに腰を下ろした。木陰から見える湖面には、二艘のボートが浮かんでいる。その船体は夕日をキラキラと反射させて、長閑に通り過ぎていった。
「この前、かおりちゃんを犬から助けた時の事なんだけど、あの時、かおりちゃんはお友達と一緒に遊んでいたって言ったよね。覚えとる?」
私はかおりちゃんに問う。
「うん。覚えてる」
「あの時、かおりちゃんを守った女の人が、大切な本を落としちゃったの。とっても、大切な本なんだ。もしかすると、かおりちゃんのお友達で、本を拾った子が居なかった?」
私が言うと、かおりちゃんは暫し考え込んだ。
その顔にはやがて、閃きが浮かぶ。
「ケンゴ君が本を拾ったって言った」
かおりちゃんは言う。
やはりだ。私の勘は当たっていた。もしかすると、本当に月の花を見つけられるかもしれない!
「ケンゴ君? そういえばさっき、ケンゴ君達と遊んでるって言ってたね。お友達はどうしたの?」
私は少し、興奮して言う。
「帰った。さっき」
「え? 帰った?」
「うん」
「ええと、じゃあ、ケンゴ君のお家が何処か、知ってる?」
「うん。知ってる」
かおりちゃんは楽しそうに言う。夕日色の木漏れ日が、少女のあどけない微笑に降り注いでいた。
★
私と
ちなみに、
「じゃあ、ケンゴ君を呼んできてくれる?」
私はかおりちゃんにお願いする。
かおりちゃんは頷いて、アパート一階の部屋の呼び鈴を押した。
暫くして、ドアが開く。
顔を覗かせたのは、金髪の、柄の悪そうな男だった。年齢は、二十代半ばだろうか? 一◯歳の子供が居るにしては随分と若い。それに大柄で、目つきも鋭い。Tシャツの袖からは、チラリと、刺青らしき物が見えた。
私と優海先輩は、五メートル程離れて様子を窺がっていた。そこまで、酒の匂いが薄く漂って来ている。ちょっと、嫌な予感がした。
「ケンゴ君いますか?」
かおりちゃんが言う。男は、答えるでもなくかおりちゃんを見据えると、ドアを閉じた。
なんだ、あの男!
私の苛立ちを察して、優海先輩が私の肩を掴む。立ち上がりかけた私は、再び、植木の陰にしゃがみ込まされる。
暫くして、再びドアが開いた。
一◯歳ぐらいの男の子がアパートから出て来た。多分、その子がケンゴ君なのだろう。
「なに」
ケンゴ君はぶっきらぼうに言う。
「来て」
かおりちゃんはケンゴ君の手を引いて、私達の許へと連れて来る。ケンゴ君は、六月なのに長袖のシャツを着ていた。
ケンゴ君は私達の顔を見上げると、少し驚いて、黙り込んでしまった。若干の警戒心が見て取れる。多分、
「急に呼び出してごめんね。でも、心配しないで。ちょっとお話が聞きたいだけだけん」
私は、ポーチから飴玉を取り出して、ケンゴ君とかおりちゃんに配る。
「ええと、何処から話したら良いかな」
私は、とりあえず話を切り出し、ケンゴ君に要件を伝えた。話を聞いている間、ケンゴ君は一言も喋らなかった。
「それで、あの時かおりちゃんを守った人がね、大切な本を落としちゃったの。もしかするとケンゴ君が拾ってくれたんじゃないかな? もしそうなら、お姉ちゃんに返してあげて欲しいと。どう。思い当たる?」
私が言い終わると、ケンゴ君は小さく頷いた。
「待ってて」
ケンゴ君は、すぐにアパートへと戻った。そして、一分程で戻って来た。
「これ?」
ケンゴ君は言い、一冊の本を差し出した。それは、外表紙の無い剥き出しの本だった。
本は、少し土で汚れていた。私は本を受け取って、
本の一ページ目に、タイトルがある。
そこには『月の花』と、記されていた。
「……間違いない。これよ。ありがとう。何かお礼がしたいんだけど」
「ううん。いらない」
「え? そう。あ、お菓子食べる?」
「いらない」
ケンゴ君は素っ気なく言う。随分と、無欲な子だ。否、まだ若干、警戒しているのだろう。きっと、大人が苦手なのだ。
どうであれ、私達は目的を果たした。やっと、月の花を見つけたのだ。
私はかおりちゃんとケンゴ君にお礼を言い、別れを告げた。
かおりちゃんは、飴玉を受け取ると、すぐに自転車で帰っていった。ケンゴ君も、アパートへ戻ろうと
その時だった。
「待て」
優海先輩が進み出て、突然、ケンゴ君の肩を掴んだ。
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