第18話 三秋瞳はブチ切れる!





 ★


 修練を終えたのはお昼過ぎだった。泰十郎の弟子達は、なにか用事があるとかで、すぐに帰っていった。

 私と真子まこさんと泰十郎たいじゅうろうは、泰十郎お勧めの店に、ラーメンを食べに行くことにした。


 ★


「うわ……狂犬がる」


 店には、三秋みあきひとみがいた。瞳は泰十郎を目にするなり、恐怖と敵意を込めて呟いた。

 実は、瞳には、一つ年上の兄がいる。瞳の兄は高校時代、空手部に所属していた。しかも主将で、学校中の男子生徒から恐れられていたそうだ。ただ、残念な事にとても気性が荒く、喧嘩好きで、かなり腕も立った。大柄で力も強かったので、不良達も、恐れて瞳の兄には手を出さなかったらしい。そんな瞳の兄は、他校の空手部に在籍する泰十郎たいじゅうろうを、一方的にライバル視していた。泰十郎は、私や瞳と同じ学年だ。つまり、瞳の兄よりも一つ年下である。それでも瞳の兄は、打倒泰十郎に燃えていたそうだ。

 当時、泰十郎は、陰で「狂犬」と仇名されており、空手をやる連中の間では有名だったらしい。

 瞳の兄は、空手の地区予選で何度も泰十郎と試合をしたそうだ。だが、一度も泰十郎には勝てなかった。それどころか、全ての試合が一瞬で決着したらしい。ある時は蹴り飛ばされ、また、ある時は蹴り飛ばされ、また、違う時も蹴り飛ばされた。

 路上でも、瞳の兄は泰十郎に出会うたびに突っ掛かり、勝負を挑んだ。その度に一瞬で蹴り飛ばされたらしい。のされる度に、瞳の兄は骨折等の大怪我をしたそうだ。

 大馬鹿者である。

 そういった因縁があり、瞳は、今でも泰十郎を嫌っている。一方で、泰十郎は、自分が陰で狂犬と仇名されていたことを知らない。知ればカンカンに怒り出しそうな気がするから、私もずっと黙っている。


「あれ? もしかして、さっちゃんの友達?」


 泰十郎たいじゅうろうは、にこやかに瞳に手を差し出し、握手を求める。


「美人ですね。俺は、藤原泰十郎。いやあ、今日は美人に良く会う日だなあ」


 泰十郎はあっけらかんと言う。

 どうやら、瞳のことを忘れているらしい。

 ひとみは、憎っくき泰十郎と握手を交わす。その顔は、軽く引きつっていた。

 さて、私は約束通り、真子さんに大盛の豚骨ラーメンを奢った。


「美味しいですう」


 真子さんは、上機嫌でラーメンをすする。彼女はすっかり、熊本ラーメンの虜だった。太っても知らないからね。ふふ。


「ところで、さっちゃん。ちょっと見て欲しい物があるんだけど」


 食後を終えた頃、泰十郎が携帯端末を取り出して、画面を見せた。

 映し出されていたのは、走行中の、一台の軽トラックの画像だった。画質とか撮影した角度からして、防犯カメラの映像だと思われた。その軽トラックは紺色で、横浜ナンバーだった。荷台に改造が施され、小型のコンテナのような物を複数積んでいる。山道を走っているようだが、窓には黒いフィルムが張られ、運転手の顔が見えない。


「ん。これ、なんの写真?」


 素朴な疑問を投げかける。


「うん。これ、俺が仲良くしてるサバゲーの城南じょうなんフィールドの、フィールドマスターの敷地から撮った防犯カメラ映像なんだけど……なんか変じゃない?」


 と、泰十郎は画面を切り替える。すると、次の写真が映し出される。そこにもやはり、横浜ナンバーの軽トラックが映し出されていた。そうやって、泰十郎は次々と新しい写真を出す。

 写っていたのは、すべて、同じ軽トラックだった。ただ、撮影された日付が全て異なっている。

 最後に映し出された写真は、軽トラックを後ろから撮影した物だった。何故か、荷台の角がひしゃげ、潰れている。写真の日付は六月六日。それは確か、江津湖で、最初の噛みつき事件が発生した日だった。


「ちょ、ちょっと見せて!」


 ひとみが泰十郎の話に食いつき、携帯端末の画面を覗き込んだ。


「これって、もしかすると……まさか」


 と、瞳は顔を曇らせる。


「そう。犬を捨てに来る奴の車じゃないかと思うんだけど」


 泰十郎が言う。すると、私も真子さんも、やっとその重要性に気付いた。

 私達は一斉に泰十郎の端末を覗き込む。軽トラックが積んでいる小型コンテナは、使い込まれている感じがした。サイズも、犬を押し込めるのに丁度良いぐらいの大きさだ。ほぼ間違いなく、ここに、犬が押し込まれて運ばれたのだろう。

 ぐっと怒りが込み上げる。一体、何度犬を捨てたのだ! 


「ねえ、ちょっと。この写真、警察に提供してくれない? できれば防犯カメラの管理者とも話をしたいんだけど」


 瞳が泰十郎に求める。


「ううん……そう言われてもなあ」


 何故か、泰十郎は瞳の提案に渋った。


「え? なんで駄目なの? 協力しない理由がわからんとだけど」


 瞳から、短気が滲み出る。


「こっちも信用があるけんね。まず、俺がフィールドマスターさんと話してからじゃないと」

「もう。面倒くさい奴ね。じゃあ、早く連絡してよ」

「……ん」

「なによ?」

「いや、言い方がちょっと気に入らんかったけん」

「は?」

「言い方が、気に入らないなあ。と」


 泰十郎は、真顔で言う。

 瞳がピタリと動きを止める。彼女は怒りを押し殺し、引きつった微笑を浮かべる。


「お願いします。防犯カメラの管理者さんに連絡していただけますか? これで満足?」


 瞳は、屈辱を忍んで営業スマイルを浮かべる。警察官も大変だな。


「あ、ああ。うん……はい」

「何。歯切れが悪いけど」

「なんか、思っていたよりも可愛くなかったなあ、と」


 と、泰十郎は溜息を吐く。

 その瞬間、瞳は泰十郎の胸倉を掴む。


「ふざけるなコラ! 調子に乗ってるんじゃないわよお!」

「え? なにこの人。人格変わり過ぎじゃ? ちょっと怖いんだけど」


 泰十郎は、常識人ぶって言う。


「狂犬が怖いとか言ってるんじゃないわよ! クレイジー野郎が!」


 怒り狂う瞳を、私達は寄ってたかって宥めた。

 結局、泰十郎は、警察がフィールドマスターに迷惑をかけないと約束するのであればと、情報提供を承諾しょうだくした。


「ちょっと、瞳。何か解ったら、私達にも教えなさいよ。言える範囲で良いから」


 私は瞳を小突いて言う。

 瞳は一応頷きはしたが、ちょっと、心ここにあらずと言った面持ちだった。もしかすると、瞳は、連続噛みつき事件の捜査に関わっているのかもしれない。



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