第15話 泰十郎はデレデレする





 食事を終えると、私は泰十郎たいじゅうろうに電話をかけた。

 定義さだよしの話によると、犬と修羅場になった時、定義は、危なく犬にやられそうになったらしい。野良犬を蹴散らして弟を救ったのは、泰十郎だったのだ。


「はい? そんな事、気にせんで良いとに」


 電話口で泰十郎が言う。


「お礼だけじゃないとよ。あんた、定義を悪い道に引きずり込もうとしよるでしょう」


 私は、照れ隠しを兼ねて言ってやる。


「え? それはアレだよ。心外ってやつだな。サバゲーは紳士のスポーツだけん、そういった色眼鏡的発言は、いかがなものかと思うよ」

「どうだか。それより泰十郎。あんた、犬には噛まれんかった?」

「ああ。俺は噛まれんかったけど」

「どうして丸腰のあんたが噛まれんと?」

「不味そうだったんじゃ?」


 泰十郎は惚けて言う。

 私の脳裏には、犬達が泰十郎クレイジー野郎を恐れ、きゃんきゃんと逃げ惑う姿が浮かんでいた。あながち、妄想ではない気がする。また、犬達に馬乗りパンチしていないか心配だ。


「ふうん。それなら良いけど。どっちにしても、暫くは定義を誘わんでよ。犬がいたら危ないけん」

「はいはい。まあ、近く山狩りがあるけん、心配せんでも良いと思うけどね」


 泰十郎の言葉に、私は暫し言葉を失い、小さく溜息を吐く。


「ん。どうした?」

「山狩りって、犬はどうなると?」


 私は、強がるのを忘れていた。


「警察と猟友会が協力して、駆除するって言いよった」


 泰十郎の言葉が突き刺さる。『駆除』と、いう言葉が、私はどうにも嫌いだ。


「……そう。いつ?」

「来週の日曜だ」

「なんとか、してやれんとかな」

「どうにもならん。人間ば襲った犬だけん」


 泰十郎は冷徹に言った。

 私は重ねて礼を言い、電話を切った。

 ふと、真子さんに視線を移す。すると彼女は少し悲し気な顔をしていた。私と泰十郎の会話を聞いていたのだろう。


「ごめん。心配させちゃった?」


 私は真子さんに微笑を向ける。


「ねえ、さっちゃん」

「なあに?」

「やっぱり、さっちゃんは犬が撃たれたりしたら、悲しい?」

「え? それは……ちょっと、悲しいかも」

「そう。そうよね。私もなんか、嫌」


 真子さんは呟いて、それから暫し、何かを考え込んでいた。なんだか少しだけ、嫌な予感がした。


 ★


 翌日も、仕事は休みだった。なので昨日と同様に、朝から真子さんと走り込みに出かけた。

 上江津湖公園は快晴だった。この日は、泰十郎も湖岸で走り込みをしていた。


「あれ? 珍しいね。今日は武道場には行かんと?」


 私は、泰十郎に追いついて声をかける。


「ああ。今日から、市立体育館はよその空手団体が予約を入れとるけん、暫く武道場は満員らしい。さっちゃんも、暫くは武道場は使えんよ」


 泰十郎はつまらなそうに言う。


「え? いつまで?」

「一週間ぐらいかな。近く、寸止め系の大会があるらしいけん、それまでは使えんかな」

「そ、そう」


 私は少しがっかりした。これから、真子さんと体育館に行くつもりだったのだ。だが、満員ならば仕方がない。


「じゃあ、泰十郎は、空手の練習はどうすると?」

「ん? ここでやるけど。丁度、兵法ひょうほうを絡めた指導をするつもりだったし、野外なら丁度いいかなって。さっちゃんも、たまには外で竹刀振ってみたら? 普段、道場剣術が想定しない事を想定するのも、武士のたしなみだと思うけど」

「うううん。それもそうね」


 道場以外での、実戦を想定した練習か。私の武術家魂を刺激する提案である。なにより、眺めの良い江津湖での稽古となれば楽しそうだ。

 私は、真子さんに伺いを立てるように、視線をやる。真子さんは、小さく頷いてくれた。

 ふと、泰十郎が立ち止まる。


「ええと、そちらの美人は?」

「ああ。真子まこさんよ。ほら、泰十郎が犬をやっつけた時、女の人が居たでしょう?」

「ああ。そう」


 泰十郎は、ずい、と、真子さんの前に進み出た。


「結婚してください」


 泰十郎は、しかと、真子さんの手を握る。私はすかさず泰十郎の肩を引っ叩く。


「あんた彼女居るでしょう! 手あたり次第に美人を口説くのはやめなさい」

「て、手当たり次第とは失礼な! ちゃんと相手を選んでるけど? ブスには声かけんし」

「ん。あんたそれ、遠回しに私のこと、ブスだって言いよる?」

「あ、いや、そうじゃなくて。面倒くさい」

「はあ!? 面倒くさい?」


 そうして、私と泰十郎は口論となる。

 真子さんは、クスクス笑いながら、私達の様子を見守っていた。




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