第12話 真子と里子は殴り合う!






 やあ! と、気合と共に面を打ち込む。真子さんは受けることも出来ず、綺麗に面を貰う。人気ひとけのない武道場に、パアン、と乾いた音が響き渡った。


「い……痛あ!」


 真子さんは膝を折ってうずくまり、頭を抱える。


「はい、早く立って。もう一本。かかってきなさい!」


 私は厳しく言い放つ。


「で、でも」

「叫びなさい、負けるかあ! さんはい!」

「……ま、まけるか」

「声が小さい! 叫べ、負けるかあ!」


 私は再び、真子さんに襲い掛かった。

 籠手を打つと見せて、素早く面を打ち込む。それは綺麗に頭部を捉え、真子さんは悲鳴を上げて蹲る。


「痛い。もう、嫌だよお」


 真子さんはべそをかき始める。私は、間合いを取って竹刀を正眼に構える。


津藤つとうはがねって人が愛したのは、こんな程度の女なんだね。がっかりした。さぞや良い男なんだって思ったけど、こんな根性なしを好きになるようじゃ、見る目のない馬鹿男たいね」


 私は吐き捨てるように言い放つ。胸の奥がキリリと痛む。

 すると、急に真子さんの気配が変わった。呼吸が静まり、華奢な身体は冷徹な何かを纏う。武術的な気当たりとは少し違う、妙な威圧感を感じる。


「取り消しなさい」


 真子さんは、ゆらりと立ち上がる。


「取り消させてみろ!」


 次の瞬間、真子さんが気合を発し、竹刀を上段に構えた。


「わあああ! 負けるか!」


 彼女は滅茶苦茶に竹刀を振り回しながら、摺り足も使わずに突進してきた。私は真子さんの攻撃をかわし、打ち払って距離を取る。


「どうした! そんな物かあ!」


 呼応して吠える。


「わあああ! 馬鹿、馬鹿。わあああ!」


 真子さんは、再び突進して竹刀を振り下ろす。私は入り身を使い、攻撃をかわす。同時に踏み込んで、すり抜けながら横薙ぎの一閃を見舞う。

 ドシリと、確かな手応えがある。

 得意の抜き胴が決まったのだ。我ながら、見事な一本だ。私は駆け抜けて、真子さんに背を向けたまま、決めの形で静止した。


「まだまだ気合が足り──」


 言い終わる前に、バシッ。と、音が響き渡る。私の後頭部に痛烈な痛みが走った。


「えい。えい、えい、えい、ええい! やあ! やあああ!」


 つんのめった私に、真子さんの竹刀が襲い掛かる。真子さんは、これでもかと私を打ち据える。滅茶苦茶な攻撃なのに、勢いが凄くて対処が追いつかない。


「ちょ、一本取ったでしょ。ルール、ルールば考えて!」

「言い訳無用!」


 真子さんは、問答無用で追い詰める。その竹刀を打ち払い、私は距離を取った。正直、ハラハラしていた。真子さんめ、一本取られた事に気付かぬ程、頭に血が上っているのか。

 考える暇は無かった。

 真子さんは再び雄叫びを発し、竹刀を振りかざして突進して来る。私はそれを迎え撃つ。

 それは最早、剣道ではなかった。

 一本取ろうが打ち込もうが、真子さんはひるまずお構いなしで打ち返してくる。私も打たれたくないので、必死で応戦する。だが、回避からの反撃を見舞っても、真子さんは相打ち覚悟で打ち込んで来るのだ。打っても、打っても、突進と攻撃が止まらない。なんという、覚悟と我慢強さだ!

 そうか。だから、真子さんはあの大型犬に負けなかったのか。

 互いに、じゃんじゃん竹刀を打ち込みまくるそれは、竹刀を使ったただの殴り合いだった。私達は、きゃあ、きゃあと悲鳴を上げ、くたくたになるまで叩き合った。

 やがて、私達は互いに力尽き、大の字になって床に寝っ転がる。流石の私も息が切れ、暫く声が出なかった。身体中のいたるところが痛い。喉がカラカラだ。


「ねえ、真子さん」


 私は、やっと言葉を発する。


 真子さんは、まだ、息を切らしている。


「思い切り戦うって、楽しいでしょう?」


 再び言う。

 すると、真子さんは寝転がったまま、ゆっくりと顔をこっちに向け、竹刀で私の頭をポカリとやった。


 ★


 三◯分後。私達は、食堂で遅めの昼食を食べた。

 真子さんはまだ、ご機嫌斜めである。私に背を向け、ぷりぷりと怒った気配を漂わせている。


「ごめんって。ねえ、いい加減、許してよ」


 と、私は真子さんの顔を覗き込む。すると真子さんは、ぷいっと顔を背ける。怒った様子までもが、異常に可愛らしい。


「ねえ、謝ってるでしょう。ごめんなさい」

「……豚骨ラーメン」


 真子さんが呟いた。


「え?」

「次は、豚骨ラーメンが食べたい。角煮とか、チャーシューとかが乗ってるのじゃないと嫌だ。大盛で」

「解った。おごります。だけん、許してくれる?」

「餃子も付けてくれる?」

「……チャーハンも付ける」


 私は、観念して言う。

 真子さんは、くすりと笑ってくれた。



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