第10話 来栖真子は旅をする






 ここから先の話は、少し断片的になる。

 真子さんが、あまり詳しく話したがらなかったからだ。


 🌙


 津藤つとうは、真子さんと再会する頃には、いくつかの著作を世に送り出していた。彼の得意ジャンルはミステリーだった。そして津藤は、とある連続殺人事件の真実を、何年も追い続けていた。

 事件の名は「首都連続少女誘拐殺人事件」という。

 津藤は、弓月ゆづき桃子ももこを殺害した犯人を、ずっと追い続けていたのである。

 事件を追う過程で、津藤つとう桑本くわもとと出会ったらしい。その一方で、津藤は、桑本に物書きとしての才能を見出して、ちょくちょく夕食を奢ったり、小説の書き方を指導したりと、弟のように可愛がっていた。桑本も桑本で、生意気な口を利きながらも津藤に懐いており、津藤が追う事件の捜査にも協力してくれていた。

 ここに、真子さんが加わる。

 真子まこさんと津藤つとうはがね、そして、桑本くわもとの三人は、首都連続少女誘拐事件の捜査を開始する。


 やがて事件を追う内に、真子さんは、重要な事実に突き当たった。

 以前、真子さんは誘拐され、廃校で何週間も監禁された事がある。その時に真子さんを誘拐した犯人こそが、首都連続少女誘拐殺人事件の真犯人である。と気が付いたのだ。

 三人は真犯人を追い、遂には、その正体に辿り着いた。


 犯人は、食人を肯定する、頭のおかしな白人男性だった。その男は、真剣に、霊や悪魔の実在を信じていた。そして、黒魔術の儀式を行う為に何人もの少女をさらい、監禁した後に、食していたのだ。

 犯人には協力者もいた。烏丸からすまたまこ とかいう女性作家だった。連続殺人犯は、烏丸たまこを闇の救い主と信じ、心の底から崇拝してたそうだ。

 信じ難い話だが、烏丸たまこという女は、本当に、強力な超能力を使ったらしい。

 真子さんと津藤、桑本の三人は、長い捜査を経て連続殺人犯を追い詰めた。そして、ボロボロに傷つきながらも捕まえることに成功した。烏丸たまこには逃げられたが、連続殺人事件は解決した。こうして、三人はそれぞれ、過去の因縁に決着をつけたのである。

 真子さんの背中の傷は、この時の戦いによって負ったものだ。


 🌙


 首都連続少女誘拐殺人事件が解決してから三日後の、ある夕暮れの事だった。

 津藤鋼は事件で負傷して入院していたが、晴れて退院することになった。津藤は、退院の手続きを済ませ、真子さんと桑本と共に、病院の建物から出た。

 その時だ。

 自動ドアが開いた瞬間、津藤が突然、女に刺された。真子さんの目の前で、津藤は崩れ落ちた。その出血量から、一目で、取り返しのつかない重傷であることが察せられた。女はその場で取り押さえられ、逮捕された。

 だが、津藤は助からなかった。


 津藤を刺したのは、烏丸からすまたまこだった。烏丸たまこは、津藤の昔の恋人だっだ。津藤は真子さんと別れた後で、一年程たまこと付き合ったことがあるらしい。だが、刺された日から二年前には別れていた。たまこは、津藤と別れた後も、異常なまでに津藤に執着していた。津藤を〝光の魚〟。と呼んでいたらしい。

 烏丸からすまたまこの本名は、締尾しめお良子りょうこという。


 何故や、どうしてを考えても、津藤が戻って来ることはない。あの涼しく優しげな瞳が真子さんを捉えることもなければ、色白な腕に抱きしめられる事もない。もう、二度と。

 真子さんは、再び絶望の淵に沈んでいった。

 桑本は、甲斐甲斐しく真子さんの世話を焼いてくれた。彼は、ボロボロの真子さんを懸命に支えようとしてくれたそうだ。やがて、真子さんと桑本は、暫く恋人として交際したらしい。

 だが、結局は、真子さんは桑本の手を振り払った。津藤と桑本は、何処か少し似ていた。桑本が傍にいることが、たまらなく辛かった。なにより、桑本の足手まといになりたくなかったのだ。


 これが、真子さんの物語だ。津藤が死んだのは、今から二年も前のことである。

 それから真子さんは、何度も自殺を試みた。時に、手首を切り、時に、睡眠薬を飲み、時に、ビルの屋上から身を投げた。だが、彼女は悪運が強いらしい。目を覚ますと、いつも病院のベッドの上だった。

 時間が経ち、真子さんは、あまり自殺を試みなくなった。どうせまた駄目だ。そんな諦めが憑りついていたからだ。全てを諦めた真子さんは、人生に何の目標も希望もなかった。廃人同然だった。


 ある日、彼女はふらりと旅に出た。

 最初は北海道に向かった。有名な時計台を見物し、名物のラーメンも食した。でも、他の旅行者のようには楽しめなかった。それは北海道のせいじゃない。多分、真子さんの絶望の前では、この世界の何もかもが無力なのだろう。


「自分には何もない。これからも何もない。自分は何者でもない」


 真子さんは一人、呟いた。その時、彼女には一つの疑問が浮かんだ。

 自分は何者なのだろう?

 真子さんは、自らの出自を探ってみた。すると、彼女の遠い先祖が、熊本の天草の出身で、隠れキリシタンだった事実に辿り着いた。

 真子さんは準備をして、西へ向かった。


 こうして、彼女は江津湖で私と出会った。

 真子さんは、私と出会ってから数日後に、突発的に湧き出した激情に身を委ね、江津湖に身を投げた。だが、またしても死ねず、私に釣り上げられたのである。



 ★ ★ ★



 そっと、細い指先が伸び、私の頬に触れる。


「貴女が泣くことはないよ」


 真子さんは、私の涙を拭う。真子さんもまた、泣き腫らして目を赤くしていた。


「悔しいから」


 私は呟いて、顔を俯ける。

 私達は、泣きながら眠った。



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