第9話 来栖真子は再会する
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真子さんは人付き合いが苦手ながらも、なんとか大学を卒業した。ただ、真子さんは、大学でも友人を作ることが出来なかった。大学の男どもに口説かれることはしばしばあったのだが、誰にも心を開けなかった。対人恐怖症気味の性格が災いしたせいだったらしい。しかし、理由はそれだけではなかった。
津藤を引きずっていたのだ。
真子さんはずっと孤独だった。彼女は大学を出る二か月程前に、
真子さんは大学を卒業してから、なんとか働こうとしてみたが、駄目だった。鬱は、彼女自身が思っていたよりも重く、とても働ける状態ではなかったそうだ。
不幸中の幸いではあるが、真子さんには、父親が残した多額の遺産があった。だから生活には困らなかった。ただ、外に出るのは通院する時と、食料を買い出しに行く時ぐらい。それ以外の時間は、大抵、西葛西の家に引き籠っていた。
真子さんは、そんな引き籠り生活を何年も続けた。何度も、自分を奮い起こして立ち直ろうとした。でも、どうしても上手く行かなかった。もしかしたら、このまま一生、何も変わらずに終わるのではないか? そんな不吉な予感さえも、受け入れ始めていた。
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変化が起きたのは、真子さんが二六歳の時だった。
真子さんは、通院の為にいつも通り電車に乗った。その座席に、携帯端末を置き忘れてしまったのだ。彼女にとって、携帯端末はあまり重要ではなかった。どうせ連絡を取り合う相手などいない。だから、どうしても取り戻さなくても構わないとも思ったらしい。
だが、その時は少しだけ勇気を出して、公衆電話から自分の端末に電話をしてみた。
電話に出たのは、若い男だった。どうやら、電車で真子さんの端末を拾ってくれたらしい。男は、翌日に真子さんの最寄駅まで携帯端末を届けてくれると言ってくれた。真子さんは、約束の場所に受け取りに向かった。
男の名前は
だが、真子さんは、ある偶然に気が付いて考えを変えた。
真子さんは、
真子さんは、何度かデートを繰り返す内に、桑本に心を開き始めた。桑本は熊本の出身で、押しの強い青年だった。いつも明るくて、冗談を言って真子さんを笑わせてくれる。真子さんの料理にもゾッコンで、デートが終わるたびに真子さんの家に上がり込もうとしたし、真子さんの唇を奪おうともした。とはいえ、桑本は、そこらの軽い男とは違った。彼の言動にも、態度にも、常に真子さんへの深い尊重があった。
やがて、真子さんは揺れ始めた。
桑本に少しずつ惹かれている自分に気がついたのだ。その一方、今でも、どうしようもなく津藤を愛し続けているという気持ちに、耐えられなくなっていた。
だが、ある日突然、結論は出た。
津藤が最初に口にしたのは、謝罪の言葉だった。彼は、真子さんが人殺しではないかと疑ってしまったことを白状し、その疑いがもう晴れているとも述べた。平謝りの津藤を、真子さんは責めた。津藤は、真子さんが何を言っても、もう二度と真子さんを手離さなかった。津藤は津藤なりに、本心では、真子さんを想い続けていたのだ。
真子さんの人生に、光が戻った。
津藤と真子さんは、再び、恋人同士になったのだ。
再会から間もなく、二人は婚約をした。津藤は真子さんの自宅へと引越して来て、一緒に生活をし始めた。
津藤は昔の面影をそのままに繊細な顔立ちで、背も少し伸びていた。少し視力が落ちたらしく、小説を書く時には銀縁眼鏡をかけるようになっていた。津藤は昔から利発だったが、その才覚は一層の輝きを放ち、若くしてプロの小説家になっていた。武術の腕前も、達人の領域に達していたらしい。
津藤が夢を叶えたことは、真子さんの心にも大きな影響を与えた。真子さんは少しずつ、病気からも立ち直りかけていた。
その生活は、ある日、突然、終わりを迎える。
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