芽生 〜高校生〜

 高校生ともなるとさすがに、僕と英璃の距離は少し離れてしまっていた。――そもそも、通う高校も別だった。

 英璃は少し離れた私立の女子高に電車で通っていた。僕も電車で学校に通っていたので、時々、数人の友達に囲まれ、駅で楽しそうにしている英璃の姿を見掛けるだけで、話すことはしなくなっていた。

 一方の僕はというと、市立の成績そこそこの高校に通うことになった。……しかも、れいと一緒に。澪は、僕より部活に打ち込んでいたはずなのに、勉強もきっちりこなしていたのだ。

 中学のメンバーとは別れてしまったけれど、当然のように、澪はすぐさま軽音楽部に入り、新しくバンドを結成した。そして、僕も彼のバンドに迎え入れられることになったのである。

 大学受験のこともあるし、僕は中学の時のように、時々練習に参加して、発表会――ライブには必ず顔を出す、そして、活動する時は全力で取り組む――そういう姿勢スタンスを取ることにしていた。それでも、メンバーは僕のことを受け入れてくれていた。……さすがは澪の選んだ面子メンツだった。

 バンド活動を始めると、どこから聞きつけたのか、英璃がまたライブに必ず顔を出すようになった。……大方、澪が彼女に教えたんだろう。だけど、やっぱり英璃の応援は相変わらず、ライブの場にそっとやって来て、最後に、僕にわらい掛け静かに去っていく――そんなひっそりとしたものだった。

 けれど、中学の時とは違って一緒になる機会がなく、英梨の感想を聞くことはなくなっていた。代わりに、ライブの後に駅でばったり会うと、英璃は必ず、僕の目を見てそっとわらい掛けてくれるようになっていた。

 そんな日々が、僕はずっと続くのだと思っていた。

 けれど……――。


   ♪


 ――ある日、英璃に「彼氏」というものができたのである。

 僕はちょっぴり……動揺・・した。まさか、女子高に通う英璃に、そんなもの・・・・・ができる日が来るとは思っていなかったのだ。……でも、冷静に考えると、ただの幼なじみ・・・・・・・である僕に、とやかく言う権利はなかった。

 だけど……「恋人」のいる生活というヤツは中々大変そうだった。英璃は変わらずライブには顔を出すようにはしてくれていたが、わらってはくれなくなった。……それどころか、僕が夜遅く帰った時に、英璃が涙を浮かべて帰宅するのを見掛けてしまったこともあった。

 僕は何となく……さびしく思っていた。それに、何だか胸がモヤモヤしていた。――英璃はわらっている顔が一番なのに。

 そんな英璃に何かできないかと、僕は考えるようになっていた。僕に在るのは……歌だけだった。――歌なら、彼女を笑顔にできるだろうか? そんなことを考えて、僕は試しに「うた」をつくってみた。……だけど、てんでダメだった。

 でも、どうしても諦め切れなくて、僕はその「うた」を澪に聴いてもらって、発表会で歌わせてもらえないかと頼み込んだ。

 澪はむげに断ったりせず、黙って僕の「うた」を聴いてくれた。そして、少し考えた後、静かに「……もう一回歌え」と言うと、僕の「うた」にギターを重ねて、何とかカタチにしてくれた。

 ――その上、澪は次のライブで、僕の「うた」を一緒に演奏して奏でてくれたのだ。

 ドキドキしながら、僕は英璃を探した。

 英璃は――わらってくれていた。その笑顔かおに僕は内心ほっとした。

 ……だけど、高校時代、僕の「うた」をおおやけの場で歌ったのはそれが最初で最後。――それ以来、英璃が泣いているのを見掛けることがなかったからだ。そして、ライブの後、英璃がわらっているのを見掛けたのもそれが最後だった。

 わらってはくれなかったが、英璃は必ずライブに顔を出してくれていた。……それでも。何だかやっぱりさびしく感じていたが、僕は――それでも構わないと思うことにしていた。


 それが、高校生の思い出。――僕らの「すれ違い」の始まりだった。

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