【調査報告2】北部山岳地方にて発生した大穴について

【担当地域】ガイナ山岳地帯 ダレンアール

【調査目的】

 先の大戦中に魔力の暴走を受けて発現したと見られる大穴の詳細及び人的、物的被害とその後の影響について。


【これまでの調査報告】

 イェルナ歴二百八年、花の月、二十日。


 クルムに滞在すること三日、ようやくダレンアールからの迎えを得て村に到着した途端、凄まじい地鳴りが響いた。かつて悲劇を経験した村人たちは、蒼白になりながらも村長の指示の元、素早く避難を開始した。

 間一髪、村を一望できる高台から私たちが目にしたのは、極彩色の光の乱舞だった。

 村の西方、彼の深淵から音のない花火のように打ち上がっては地に落ちて極彩色に燃え上がるそれは、揺らめく極光オーロラのようで、美しいのに背筋が冷えるほど恐ろしい。そう感じたのは私だけではなかったらしく、子供たちは泣き出して親に縋り、大人たちも身を寄せ合うようにしてその光景を見つめていた。


 地を這う炎は一向に消える気配がなかった。炎は赤、青、紫、黄色に白とさまざまな色でダレンアールの村を焼き、それでも飽き足らず、何か邪悪な生き物のように、圧倒的な速度で深い森を下って麓の村をも飲み込んでいった。自然の炎であればいくら勢いがあっても生木を焼くのには通常かなり時間がかかる。きな臭い匂いに気づき、住民が逃げ出す時間も十分にあるだろう。

 だが、この異形の炎はただ静かに森を焼き進み、そしてクルムを大津波のように飲み込んだ。触れたものを端から燃え上がらせ、灰も残らぬほどに焼き尽していった。

 結局一晩をその丘で過ごし、ダレンアールの村へと戻った私たちが目にしたのは、唖然とするほどに何もない荒れ地だった。焼け野原とさえ呼べないような剥き出しの土に、黒い影のような痕が点在していた。


 さらにクルムへと足を運んだ私たちは、その痕の真実をようやく知った。鄙びてはいても、しっかりとした家並みや店の建物は、ダレンアールと同様、何一つ残っていなかった。ただ、大小の丸や細長い影のような黒い染みが村の至る所に点在していた。


 それは、影のみ残して焼き尽くされたクルムの人々だった。


 試薬によると、当初から亀裂の発生について関与が疑われていた四氏族の長、イクス、ティゼラ、カイレア、ゴディエ、四人全ての魔力に微量の反応が確認された。だが、これについては偽装である可能性が高い。

 痕跡魔力の大半がダレンアールの一族のものであること、特に闇と怨嗟の呪いの試薬が反応したことから、大穴の底にこごった彼らの無念が今回の事件の引き金となったことは確実であろう。


 問題は、その引き金を引いた者がいる、ということだ。クルムの村人に尋ねたところ、私が訪れる前日に村を訪れ、同じようにダレンアールについて尋ねていた旅人がいたという。長い黒い髪に、灰色の瞳。私と同じような灰色の外套を身に纏ったその青年は、村人の静止も聞かず一人で深い森に入っていき、戻ってくることはなかった。

 その青年が何らかの関与をしている可能性が高いが、結論を出す前に、あの亀裂を調査する必要がある。


 こんなことを報告書に記載するべきではないとわかっているが、ひどく嫌な予感がする。

 ともあれ、調査結果が出次第、追記することとする。


 調査担当者 エネア・オルランディ

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