2. 大地の一族

 案内された村に足を踏み入れるなり、子供たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていった。好奇心旺盛そうな一握りの子供たちさえも、目が合うと物陰に隠れ、さらには怖い顔の大人たちに襟首を掴まれて家の中へと消えていく。冷ややかというよりは、化け物でも現れたかのような態度に彼は内心首を傾げた。


「何か不吉でもあったのか?」

「あんたの存在そのものが不吉なんだろ」

 他の大人たちは遠巻きに彼と彼の同行者を眺め、ひそひそと何やら囁き合っている。声の調子から、どう考えても良い噂話ではないことだけは伝わってきた。かたわらの青年を見上げたが、どこか皮肉げに笑って肩を竦めるばかりで、詳細を説明してくれる気はないようだった。心当たりがないわけではなかった彼は、肩を竦める。

「ふむ、さすがは大地と共に生きる一族、と言ったところか」

「……何がだ?」

 薄く笑った彼に、青年が今度は眉根を寄せて怪訝そうに彼の顔を覗き込む。どうやら、先ほどの言葉はただの軽口だったらしい。彼の真意に気づいているわけではないのだとわかって、彼は笑みを浮かべたまま首を横に振った。

「何、こちらの話よ」

 ともあれ、と意識を切り替えて周囲を見渡せば、山奥の村にしては立派に整えられた道にしっかりしたつくりの家々が並んでいる。さらに、大きな野草園が目についた。

「気になるのか?」

「ずいぶん種類が豊富そうじゃの」

「こんな山奥だからな。薬はいくらあっても困らない」

「なるほど」

 頷いて、そのまま野草園の方へと歩いていく。呆れたようなため息が上から降ってはきたが、静止するつもりはないようだった。


 白い花を咲かせる鈴蘭スズランに、紫色の薫り高い薫衣草ラヴァンドラ、さまざまな効能があるといわれる蒔蘿ディル、眠り草としても知られる宵闇草よいやみそうに、月の光を集めると言われる月白花つきしろばな。どれも薬草として著名なものだが、彼が驚いたのはいずれも季節を外れているのに花を咲かせていることだった。


「時狂いの魔法か」

「物騒なこと言うなよ。区画ごとに調だけだ」

 青年は平然と答えたが、それでも彼は若干その青い目が泳いだのを見逃さなかった。この世界には当たり前に魔法が存在するが、中には禁忌とされるものもある。生きたままの生物を材料にするもの、死者を蘇らせるもの、あるいは時や自然を大きく操り、世界の均衡を崩すようなもの。

 じっと見つめていると、ややして両手を上げて首を振る。

「使者に誤魔化しは効かねえか」

「長老会議や魔法都市の規定や制約なら、私には関わり合いのないこと。ただの興味本位だの。だがまあ、脅して詳細を明かしてくれるというのなら、そうするが」

 顎を撫でながらそう言った彼に、青年は目を丸くする。まじまじと彼を見つめ、それからぷっと吹き出した。その笑顔は思いのほか屈託がない。本質的には人懐っこい性質なのかもしれない。

「そういえば、まだ名前も聞いておらなんだ」

「ああ、そうだったか。俺はラグナ。あんたが言っていた、先見視さきみの弟だ。厄介事といえばみんな押しつけられる」

「ラグナ——戦士、あるいは審判か。そなたなら後者かの。しかし、厄介事とは?」

「自覚がないのが大したもんだ。精霊だかその眷属なかまだかの相手なんざ、面倒以外の何物でもないだろう」

「まあ、そうとられても仕方がないかの」

 かつて、この村の半分を壊滅させた大穴は精霊たちの力の暴走によるものだと言われている。詳細は不明のままだが、喪失は今も生々しいこの地で、精霊の本拠地イェネスハイムからやってきた彼が歓迎されるはずもない。


「とりあえず、長居は望まれぬようだから、さっそく穴を見せてもらおうかの」

「待て、一人で行くつもりか?」

「同行希望者がいるとも思えぬ」

「それはそうだが」

 言いかけて、ふと青年が口をつぐむ。何かに耳を澄ますような仕草をして、それから彼をまっすぐに見つめた。

おさが、あんたに会いたいそうだ」

「長……ヨルン殿か。確か高齢で隠居されたとか?」

「年寄りなのはそうだが、まだぴんぴんしてるよ。例の一件でしばらく気鬱な様子だったが、まあ根が明るい爺さんだからな」

「ありがたいが、後にしよう。明るいうちに見ておきたい」

 この季節、この辺りでは日はかなり長いが、それでも調査にかける時間はいくらあっても多すぎるということはなかった。

 彼が歩き出すと、深いため息が聞こえたが、無言のまま静かな足音がついてくる。視線を向けると、いくつかの花を詰み、花束のように抱えた青年が呆れたように隣に並んだ。

「もう案内人はいらぬよ」

「一人で行かせられる場所じゃねえんだよ」

「子供ではない、落ちたりはせぬ」

 笑って言った彼に、けれど青年は物憂げに首を横に振った。

「そういう問題じゃない。一人で行って、戻ってきた奴はいない」

 どういうことかと片眉を上げた彼に、青年は静かに続ける。

「文字通り、一人で向かった奴は誰も戻ってこなかった。あの穴の底には、何かが眠っているんだ」

 しん、と静かな沈黙が下りた。

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