危機そして
「……勇者さま……。そんな……。風の精霊が倒されてしまったなんて……。魔王軍の幹部は勇者さまではなく、風の精霊を狙っていたのですね。いえ、勇者さまは悪くありません。私が魔王の狙いを読めなかったのが原因です。……はい。これでもう勇者さまが十全の力を今すぐ発揮することはできなくなりました。精霊を完全に滅することはできないので、いずれ力を取り戻して勇者さまの潜在能力を引き出すことはできるはずです。でも、その頃には聖地ファーラは陥落し、私たちはもうこの世には居ないでしょう……」
「勇者さま、ご安心ください。私が死ねば勇者さまをこの世界に縛っている力が消え、元の世界に戻ることができます。今までどうもありがとうございました。あとは、そうですね、安全な静寂の湖ででもお待ちください。そうお待たせすることなく、元の世界に帰還できると思います」
「何かできることはないかとおっしゃるのですか? そこからファーラに駆け付けて頂いても、間に合わないでしょう。想像されているよりファーラは遠いのです。……いいえ、無理です。勇者さまは本来の八割程度の力しか発揮できないはずです。お一人で挑んでも他の者はともかく、魔王に勝つことは困難です。そんなことはさせられません」
「ここまでやってきて諦めることはできないというお気持ちはとても嬉しいです。私たちのためにそこまで思って頂けるなんて。どれほど感謝しても感謝しきれないです。でも、もう終わりです……。せめて一度でいいから直接お会いしてお礼の言葉をお伝えしたかった……。残念ですが……。勇者さま! おやめください。お一人で魔王の本拠地に乗り込むなんて自殺行為です。ああっ、どんどん勇者さまの気配が……。おやめくだ……」
「……勇者……。無理……。……引き返して」
「……勇者さま……。急にはっきりと接触できるように……。まさか……。魔王を討たれたのですね。そんな……。おお……。どうしたのですか? 勇者さま。大丈夫ですか? お声がとても小さいようです。大変! お体が弱っている気配がします。相打ちでもう目も見えないと……。気を確かになさってください。ようやく、ようやくお会いできるようになったというのに。ああ、どうしましょう……」
「……迷っている場合ではありませんね。勇者さまお許しください。イーランの誇りと、セーラムの慈悲。偉大なる二柱の名において、レオーネ・アルトファーレが命じます。火の鳥よ、今こそ奇跡を。異世界より来たりし勇者の命のともしびに、我が血をもっていま一度の焔をあげたまえ!」
「……勇者さま……。もう大丈夫です……。癒しを司る召喚獣を呼び出しましたから。そのまま……しばらくじっとしていてください。お体の傷を塞ぎ、失われたものを修復しています」
「再び目が見えるようになってきました? ああ、良かった。もう……本当に……こんな無茶をするなんて……。そんな声を出さないでほしいですって? 涙声にもなりますわ。こんな無茶なことをして……。英雄的な行動もたいがいにしてくださいませ。勇者さまが亡くなるかもと思ったときにどれほど心配したと思っていらっしゃるのです? ……いえ、本当にありがとうございました」
「聖地ファーラを囲んでいた魔物にも魔王が倒されたことが伝わったようです。戦意を喪失して撤退しはじめているようですわ。なんとか私たちも生き延びることができたようです。それもこれも勇者さまが魔王を倒してくださったおかげです。お疲れでしょうけれども、そのまま歩き続けてください。この調子なら、そう長くかからずにこちらに到着することができるでしょう。包囲が解けたばかりでたいしたおもてなしは出来ないかもしれませんが精いっぱい歓待いたします」
「これからの復興で大変なときに無理をしなくてもとおっしゃるのですね。いーえ、そうは参りません。勇者さまに恩知らずと言われないようにしなくては。うふふ。もちろん冗談です。民も兵士も勇者さまにお会いできるのを心待ちにしていますのよ。もちろん、私もです」
「どうされました? 燃えさかる羽を持つ鳥が現れる前に私が謝ったような気がするのですか? 命を救おうというのに謝ったのはなぜかと言われるのですね? ……それはその……。その話は直接お会いしてからにしませんか? はあ……。今すぐ知りたいと。そうですね。勇者さまにはお知りになる権利があります。あのとき勇者さまを癒すのに私の血を使いました。ですので……、勇者さまと私は強く結びついてしまってまして……、もう元の世界に戻れなくなってしまったのです……」
「本当に申し訳ありません。あのときは無我夢中で……。別に構わないですって? 勇者さま、それで本当によろしいのですか?」
「……あの、勇者様。お返事が無いとそれはそれで困るのですが……。まさか傷が開いて……。もうっ。私のことをからかって黙っていただなんて。こういう話題のときにそのようなことをするのはやめてください。とても気にしているのですから。でも、聞きましたからね、元の世界に未練は無いって。お返事を頂いたので安心いたしましたわ。色々と準備もあるのですから。何の準備かとおっしゃるの? また、からかってらっしゃるのですね。もちろん、私たち二人の門出の発表ですわ。以前お話したでしょう? この世界に留まった勇者は王女と一緒になる決まりなんです。きっと私たちはそういう定めだったのですわ。お見えになるまでにしっかり準備しておきます。では、直接お会いできるのを楽しみにしてます。私だけの勇者さま」
勇者さま……私の声が聴こえますか? 新巻へもん @shakesama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
新巻へもんのチラシのウラに書いとけよ/新巻へもん
★106 エッセイ・ノンフィクション 連載中 261話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます