いつも俺の後ろをついてきているだけだった背の高いドジっ娘幼馴染みにわからせられる話 幼馴染み視点と少しだけ続き

ハイブリッジ

第1話

〈朝・登校中〉


「あっ……なおちゃん、おはよう」



「うーす」



 俺が来るのを待っていたのは幼馴染みの藤山和花ふじやまのどかだ。


 昔からどんくさくて弱虫で人見知り……。いつも幼馴染みの俺の後ろに付いてきていた。


 高校生になってもドジなところは変わってないし、学校で俺以外の人と話しているのもほとんど見たことがない。



「今日の古文の宿題やってきた?」



「もちろんやってないぞ」



「だ、駄目だよ。先生に怒られちゃうよ」



「いいんだよ。古文なんて将来使わないんだから勉強するだけ無駄だわ。それよりもゲームとかの方がよっぽど役に立つし」



「も、もう尚ちゃん。そういうところは良くないと思う」



「うるさいなぁ。お前は俺の母親かよ。……あと和花、いつも言ってるけど俺の近くに立たないでくれ」



 和花は背が高い。俺が伸び悩んでいる間に和花は小学生の時くらいからぐんぐんと伸び始めて、今では180を超えている。


 和花の胸辺りに俺の顔があるので、いつも話す時は見上げないと顔を見て話せない。



「ご、ごめんね。でも私、声小さいし近づかないと」



「………誰もいない時は近づいてもいいけどよ、誰かいる時は離れてくれ。お前がデカすぎて、俺がチビに見えるからよ」



「う、うん気を付けるね」



 なんで神様はこんなドジの和花の背を高くしたのに、俺の身長は伸ばしてくれなかったのだろう。




 ■




 〈運動場〉



 体育の時間、今日は短距離走の授業だ。



「おい尚、見てみろよ」



 友人ののぼるが走る準備をしている和花を指さす。



「いいよなー……藤山さん」



「はあ? お前マジかよ」



「マジマジ。大マジだぞ」



 ……信じられない。登は和花のどこを見てそんなことを言っているんだ。



「だってよギャーギャーやかましくないし、小動物っぽくて守ってあげたい雰囲気なのに、胸も大きくて、スタイルも良いというギャップ……。最高じゃねえか」



「あいつ、超ドジだぞ。運動もできねえし」



「それもいいじゃんか、可愛くて。それにさ、普段はメガネなのに運動の時は外してるところとかも最高じゃない?」



「まあ……そういうもんなのか」



「はあー藤山さんと付き合いてぇわ」



「告白すればいいだろ」



「バカ。藤山さんを狙ってる男子がどんだけいると思ってるんだよ」



「えっ和花ってモテるのか?」



「当たり前だろ。だってめちゃくちゃ可愛いじゃん」



 そうだったのか。ずっと近くにいたせいで気づかなかったけど、和花って可愛いくてモテるのか……。


 いや、わからん。……俺がおかしいのか。




 ■




 〈資料室〉



「っち……なんで俺がこんなことやんないと駄目なんだよ」



「せ、先生のお願いだから仕方ないよ」



 担任から今日日直だった俺と和花に授業で使った道具類を片付けてほしいと依頼された。


 自分で片付けろよと思ったが、言ったところでめんどくさくなるだけなので引き受けることにした。



「はあ……さっさと終わらせて早く帰ろうぜ」



「うん」



 えっとこいつは…………あの箱に片付けるのか。



「よっと……」


 棚の上に箱があって……くそっ……届かねえ。あとちょっとなのに……。



「ぐっ……このっ」



「大丈夫尚ちゃん?」



 ひょいと棚の上の箱を取る和花。



「……邪魔すんなよ。俺が取ろうとしてんだから」



「ご、ごめんね」



「…………帰るわ。あと和花やっといてくれ」



「だ、駄目だよ。まだ終わってないもんっ!」



 鞄を持って帰ろうとすると、和花に手首をガシッと掴まれる。



「離せよ」



「い、嫌だ……。一緒に頑張ろう?」



 はぁ……。和花め、ちょっと俺より背が高くて上の方にあるものが取れたからって……調子に乗ってるな。


 ここは一回、改めて俺の方が上ってことを和花にわからせるか……。


 掴まれている手首を力ずくで抜け出して、俺の方が強いって見せつけることにする。


 いくぞっ……せーのっ!!



「…………ふっ!!」



 …………………………………………あれ? ぬ、抜けれない。



「ぐっ……! ………っ……!!」



「尚ちゃん?」



 何回も抜け出そうとするが全く抜けれない。手首を枷で固定されてるみたいに動かない。


 あと動くと……い、痛い。和花、どんだけ必死に握ってんだよ。


 ………………仕方ない。今日は諦めるか。



「……わかった。やるから離してくれ」



「う、うん」



 頷くとパッと掴んでいた手首を離す和花。


 ……痛かった。めちゃくちゃ痛かった。うわっ……手首を見てみると和花の手の跡が残っていた。



「……和花、お前力入れすぎだろ。めちゃくちゃ痛かったぞ」



「えっ……私そ、そんなに力入れてないよ?」



「はあ? 嘘つけよ」



「う、嘘じゃないもん」



 ちょっと泣きそうな顔で訴える和花。……どうやら嘘ではないらしい。昔から付き合いなのでわかる。


 じゃ、じゃあ本当に手首を掴んでいた時は加減してたのか? ……あり得ない。



「……和花、今から腕相撲するぞ」



「えっ……ま、まだお仕事終わってないよ」



「後回しでいいんだよ。ほらやるぞ」



「う、うん」



 使っていない机ををちょうど見つけたので、そこで腕相撲をすることにした。



「本気でやれよ」



「うん。わかったよ」



「いくぞ。よーい……のこったっ!」



 掛け声と同時に力を込めるが和花の腕はピクリとも動かない。う、嘘だろ……。



「くっ……!!」



 握っている手はとてと柔らかいのに岩と腕相撲してるみたいだ。



「……尚ちゃん?」



 こっちが必死になって力を振り絞っているのに和花は涼しそうな顔をしている。



「…………え、えっと」



「……や、止めだ、止めっ!! そういえば俺、今怪我してたの忘れてたわっ!!」



「そ、そうなの?」



 慌てて握っていた手を離す和花。



「だ、大丈夫尚ちゃん? どこ怪我してるの?」



「えっ!? ……う、腕だよ。だから本気出せねえんだったわ」



「……な、なんで怪我してるのに、腕相撲しようなんて言ったの?」



「そ、それは…………。ほ、ほらそんなことより、さっさとこれ終わらせようぜ」



「う、うんそうだね」



 ……きょ、今日は調子が悪かっただけだ。じゃないと俺が和花に負けるわけない。いやそもそも負けてないし、腕相撲は引き分けだったし。


 今度は体調を万全にして、絶対和花に完膚なきまでに勝ってやる。




 ■




 結局、昨日は悶々として全然眠れなかった。


 まぶたを閉じると腕相撲をしていた時の和花の顔が浮かんでくる。


 俺が必死にやっているに和花は余裕な表情……。



「…………っ」



 あの和花だぞ。ドジで弱虫で、いつも俺の後ろを付いてくることしかできない和花に……。



「な、尚ちゃん、おはよう」



 今も掴まれてた手首が痛いし。あの時は骨折れるかと思ったわ。男子より力が強いんじゃないのか。



「な、尚ちゃん?」



 あれで本気でやってないとか……やっぱり嘘だろ。でもあの時の和花の顔は嘘を吐いてる顔じゃなかったし。



「…………あ、危ないっ!?」



「えっ――」



 横から和花に押し倒されていた。クラクションを鳴らしながら車が走り去っていく。


 どうやら車が来ていたのにそのまま行こうとしていたみたいだ。もう少しで轢ひかれるところだった。



「……いっ……」



「だ、大丈夫っ!?」



「あ、ああ。ありがとうな」



「よ、よそ見してたら危ないよっ!」



「……ごめん。今度からは気をつける」



 今回は和花に助けられたな。考え事をするのもほどほどにしないと。



「…………和花、そろそろどいてくれよ」



「…………」



「和花?」



 呼び掛けるが和花は動く気配がない。聞こえてないのか? ったく……。助けてくれたのはありがたいがいつまでもこの体勢は恥ずかしい。



「んしょ……っ…………くっ」



 ……全然起き上がれない。



「……尚ちゃん。もしかして今、起きようとしてる?」



「お、お前が重くて起きれないんだよ。早くどけよ」



 じたばたするが微動だにしない和花。この感じ……昨日と一緒だ。ふと和花を見てみると獲物を見つけた時の狩人のような目をしていた。



「……そっか」



 和花はボソッと呟くとようやく俺から退いてくれた。



「ごめんね、尚ちゃん」



「なんでずっと上にいたんだよ。早くどけよ」



「ちょっと考え事してて。……私、どんくさいから」



「おいおい。今俺に注意したばかりだろ」



「…………そうだね。気を付けるね」




 ■




 あの日から和花は変わっていった。



『尚ちゃん。駄目だよ、そんな風に言ったら。もっと丁寧な口調にならないと』



『ふふっ……尚ちゃんって筋トレしてるんだ。……偉いね、撫でてあげようか?』



『えっ? 筋トレしてるから今度は私に腕相撲で圧勝できる? そっかぁ……そっかぁ』



 いつもおどおどしててドジな和花じゃなくなっていた。


 たまに和花の俺を見ている時の目が怖く感じることがある。


 ……ムカつく。ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくっ!!


 あいつはドジでのろまでいつも俺の後ろを付いてくる……それが和花のはずだ。


 それなのに俺を下に見始めて、子ども扱いするようになりやがって…………。




 ■




 〈和花の部屋〉



「久しぶりだね。尚ちゃんが私の家に来るの。何年ぶりだろう」



「…………」



 学校が終わり、俺は今日話したいことがあるから和花の家に行ってもいいかと声をかけた。


 俺の誘いに和花は笑顔でオッケーしてくれ、今二人で和花の部屋にいる。和花の両親はどちらも今は不在らしい。


 久しぶりに和花の部屋に来たが、昔とあまり変わってない。



「そうだ。お茶菓子持ってくるね。尚ちゃんの好きなチョコのお菓子があるから」



「いらねぇ。すぐに終わるから」



「う、うんわかったよ。……それで今日はどうしたの? 尚ちゃんから誘ってくれるなんて」



「ふぅ…………お前さ、最近調子乗ってないか?」



「えっ?」



「なんか知らないけどよ、最近俺のことを子ども扱いしてくるようになったよな。やめろよ」



「…………」



「いいか、俺の方が和花より上だからな。お前はどんくさくて、弱虫の和花なんだから調子乗るなっ!!」



「…………」



 俺の罵りを黙ったまま聞いている和花。てっきり何か言ってくると思ったが……。



「それだけだ。もし明日からも態度が変わってなかったら、もう和花とは口きかないからな」



「…………待ってよ尚ちゃん」



「あ?」



 部屋から出ようとした俺を呼び止め、目の前まで歩いてくる。



「な、なんだよ」



 ジリジリと詰め寄られ壁際まで追い込まれる。見上げてみた和花は微笑んでいた。



「ふふっ……」



「ち、近いんだよ、離れろ」



「尚ちゃんって……本当は弱かったんだね」



「は?」



「小さい頃からずっと私のヒーローだった。言葉は悪いけど、私を守ってくれる優しいヒーローの尚ちゃん。

 だけど今は私より背が小さくて、力も弱くて、私とに負けてるのが悔しくて悔しくてたまらない……よわよわ尚ちゃんだよ」



「…………そんなわけねえだろ」



「じゃあさ……」



 和花にぎゅっと両手を握られる。



「離れてみてよ?」



 俺の両手を壁に押さえ付けながら笑う和花。


 和花は俺がここから離れられないと思っているみたいだが……見てろよ。腕相撲で負けてから毎日筋トレしてるからな。あの時よりパワーが付いてるんだっ!



「くっ…………っ!?」



「ほらほら頑張って」



「このっ…………和花のくせに」



 ……か、変わらない。あんなに一生懸命鍛えたのに全然和花の方が強い。


「それで本気? 男の子なのにこんな力しかないの?」



「……は、離せよっ!! もうお前とは絶交だっ!!」



「ふーん……」



「……んぐっ!?」



 無理やり和花の胸に顔を埋められる。い、息ができない!?



「んんっ!! ………っ!?」



「生意気だなー。私より弱いのに」



 必死に腕を叩いたりするが全く力が緩まらない。緩まるどころか強さが増している気がする。



「……っ!? ……ぅっ………っ」



「苦しいよね。でも尚ちゃんが悪いんだよ。悔しかったら抜け出してみなよ。ほらほら」



 だ、駄目だ。全く離れられない……。



「私の匂いに包まれながれ……窒息しちゃえ」



 く、苦しい……。し、死んじゃう。いや、だ……くるしっ……しにた、くない……。たすけ…………っ。



「なーんてね」



「ぷはっ!? ……ゲホゲホッ!! っ……ゴホッ」



「ふふっ……顔真っ赤だね。本当に死んじゃうかもって思った?」



「……はあ……はあ……はあっ……」



「そんなことしないよ。私、尚ちゃんのこと大好きだもん」



 な、なんでこんなことして楽しそうにしてられるんだ。おかしいよ。今、俺死にそうだったのに……。



「……何その目? またさっきみたい苦しくしようか?」



「ひっ……い、いや」



「じゃあ謝って? さっき私に生意気なこと言ったからさ」



「…………な、生意気なこと言って、ごめんなさい」



 なんで謝ったんだ俺は……。でも謝らないとまたあんな苦しいことさせられるかもしれないし。



「ふふっ……ああ可愛い」



「えっ……」



 そのままベッドに連れ行かれると、押し倒される。



「ねえ尚ちゃん。今どんな気持ちなの? ドジで弱虫な私にこうやって負けてさ」



「…………っ」



「ちゃんと私の目を見て。…………叩くよ」



 今まで聞いたことない低い声の和花。背けていた目線をすぐに和花に向ける。



「言われてすぐやれて偉いね。……私ね、今の尚ちゃんを見てるとゾクゾクするの。…………興奮して、おかしくなってくるんだ」



 和花に耳元で囁かれ、電気が走ったみたいに頭がチカチカした。体中から力が抜けていく。



「私の方が力が強いって理解した後の尚ちゃんの態度は本当に可愛かったよ。何とか私に勝てるアピールしてきたり、負けても言い訳ばっかりしてさ…………。襲わないように必死だったよ」



「…………ぐすっ。なんで…………どうして」



「ああ……泣いちゃった。ふふっ大丈夫だよ。よわよわな尚ちゃんでも私大好きだからね」



 俺は……和花に勝てないんだ。どうやっても無駄だったんだ。そう思うと自然と涙が零れてきた。



「まずはその生意気な態度から治していこうね。……じゃあ初めは首閉めとかどうかな?」



「いやっ…………お、おねが、いします。ゆる……してください」



「だーめ。徹底的にわからせてあげるね」



 和花はとても楽しそうに笑っていた。




 ◻️■◻️




 昔の話。まだ私が小さい頃の思い出……。



「やーいやーい」



「の、ノート……か、返して……お願い」



「だったら取り返してみろよ」



「……うぅ……ぐすっ……えーん」



「わっ泣いた! 泣き虫だなー」



 小学校で同じクラスの男子生徒たち。名前は忘れてしまったけど、私によくちょっかいをかけてきた。


 後から聞いた話だが男子生徒の一人が私のことが好きだったらしく、こうやって私の気を引こうとしていたのだとか。正直、逆効果だ。私は今でもこの男子生徒たちのことは苦手だ。



「おい」



「なんだぐべっ!?」



「な、尚ちゃん……」



 尚ちゃんが私にちょっかいをかけていた男子生徒の一人の顔にパンチを当てた。



「男が女子を囲んでいじめるなよ」



「お、お前殴るとか反則だぞ。せ、先生にチクるからな!」



「別にチクるのはいいけど、和花のノートを返せよ。返さないと殴るぞ」



「……わ、わかった」



 男子生徒たちはノートを尚ちゃんに渡して足早に逃げて行った。



「……ったく。ダサいやつら。女しかいじめれないなんて」



「ぐすっ……ひくっ……な、なおちゃん」



「泣くなよ。ほらノート返してもらったから」



「あ、ありがとう。…………尚ちゃん大丈夫?」



「何がだよ?」



「だってあの人たちがチクるって……。明日、先生に怒られちゃうよ。私のせいで…………ひくっ」



「泣くなって。別に怒られても先生怖くないし。……母さんの方が怖いから」



「尚ちゃんのお母さん優しいよ?」



「全然。怒ると鬼だよ鬼。馬鹿力の鬼」



「ふふっ……」



 尚ちゃんが鬼のポーズをしているのを見て思わず笑ってしまった。



「ほら帰るぞ」



「あっ……ま、待って尚ちゃん」



 尚ちゃんは私を救ってくれるカッコいいヒーロー。とてもキラキラしてて、背中も大きく見えて……大好きだった。今も大好きだけど。




 ◻️◼️◻️




「尚ちゃんは高校どこに行くか決めた?」



「俺は△高校かな」



「そうなんだ。……じゃ、じゃあ私も△高校にしようかな」



「なんでだよ。和花は勉強だけはできるから、もっと上の高校目指せよ」



「だ、だって……尚ちゃんと離れたくないし」



「はあ? 家近いんだから離れるもないだろ」



「そ、そういうことじゃなくて……。一緒にいる時間が減っちゃうから」



「お前はいつまで俺に付いてくるんだよ」



「…………や、やっぱり嫌、だよね?」



「はぁ……。嫌ならもうとっくの昔に和花とは離れてるっつうの」



「そ、それって……」



「……ほら行くぞ」



「ま、待って。……尚ちゃん顔赤くなってる?」



「う、うるせぇ!?」



 ……何一つ変わらない。いつも優しい尚ちゃん。


 だから私はずっとずっとずっと一緒にいたい。




 ◻️■◻️




 尚ちゃんに対していけない感情が芽生え始めたのは資料室で腕相撲をした次の日だ。


 その日は前日に腕相撲で尚ちゃんと手を握ったことを目を閉じるたびに思い出してしまい、ドキドキして全然寝付けなかった。


 私より小さくて可愛い手。私と同じ年の男子とは思えない、そんな手だった。



「な、尚ちゃん、おはよう」



「………………」



「な、尚ちゃん?」



 挨拶をしても何か考え事をしていて聞こえていないようだった。


 何かブツブツと呟きながらそのまま歩いている。余程集中しているのだろう。何度か声を掛けてみるが同じ反応だ。


 気づいていないのか尚ちゃんは車が来ているのにそのまま渡ろうとしている。止まろうとする様子は見られない。



「…………あ、危ないっ!?」



「えっ――」



 私は咄嗟に尚ちゃんを横から押し倒していた。クラクションを鳴らしながら車が走り去っていく。


 車が過ぎ去った後、ようやく尚ちゃんが危なかったことに気づいたようだ。



「……いっ……」



「だ、大丈夫っ!?」



「あ、ああ。ありがとうな」



「よ、よそ見してたら危ないよっ!」



「……ごめん。今度からは気をつける」



 反省している様子の尚ちゃん。見た感じどうやら怪我はないようだ、よかった。



「…………和花、そろそろどいてくれよ」



 尚ちゃんを守るために思わず押し倒してしまった。手を引っ張るだけでもよかったのに体が勝手に動いて……は、恥ずかしい。でもいつも守ってくれる尚ちゃんを守ることができたことはすごく嬉しい。



「…………」



「和花?」



 ………………尚ちゃん、手首細いなあ。昨日握ったこの小さい手……。肌もすべすべで女の子みたい。



「んしょ……っ…………くっ……おい和花」



 あっ……いけない。尚ちゃんを押し倒したままだった。ふと見てみると尚ちゃんが私の下でくねくねしている。



「……尚ちゃん。もしかして今、起きようとしてる?」



「そうだよ。お、お前が重くて起きれないんだよ。早くどけよ」



 尚ちゃんはじたばたしているけど……とても弱い。もしかしてこれで全力なのかな?



 必死に起きようとしているのに私に力で勝てないから、全然起きることができない。



「……そっか」



 …………なんだろうこの気持ちは。いつもカッコ良く見えた尚ちゃんが今は可愛くて愛しくて仕方がない。


 もし、もしずっとこのまま起きることができなかったら……尚ちゃんどうなっちゃうんだろう。怒るのかな…………それとも泣いちゃうのかな……。


 考えているとぐつぐつと沸騰したみたいにお腹の下辺りが熱くなってくる。…………私ってこんな人間だったんだ。



「ごめんね、尚ちゃん」



「なんでずっと上にいたんだよ。早くどけよ」



「ちょっと考え事してて。……私、どんくさいから」



「おいおい。今俺に注意したばかりだろ」



「…………そうだね。気を付けるね」



 どうやら今日も私は寝ることが出来なさそうだ。




 ◻️■◻️




「尚ちゃん、折り畳みの傘持った? あと数学の宿題、今日までだからね」



「うっさいな! いちいち言わなくてもわかってるよそんなことっ!!」



「尚ちゃん。駄目だよ、そんな風に言ったら。もっと丁寧な口調にならないと、ねっ?」



「……………………ごめん」



 ───



「最近、俺筋トレしてるんだわ」



「ふふっ……尚ちゃんって筋トレしてるんだ。……偉いね、撫でてあげようか?」



「や、やめろよ子ども扱いすんな。いいか、もし今度腕相撲したら俺が圧勝するからな。筋トレ毎日してるからすげえパワーアップしてるから」



「筋トレしてるから今度は私に腕相撲で圧勝できるの? そっかぁ……そっかぁ」



 私に力では負けないって必死にアピールをしている。私より尚ちゃんの方が上の立場だってわからせるために私に対しての口調も前より強くて棘がある。


 でも私が尚ちゃんの期待していた尊敬や焦りの反応じゃなくて、余裕な態度だから内心とても焦ってる……。尚ちゃんはすぐに顔に出るからとてもわかりやすい。


 ああ…………いじわるしてみたい。自信満々の尚ちゃんを負かしてみたい。鍛えてもよわよわな尚ちゃんじゃ私に勝てないって教えてあげたい。


 ……尚ちゃん、どんな顔するんだろう。ショックを受けちゃうよね。あと絶対に泣いちゃうと思う、いっぱい涙流して。……想像するだけで高揚してしまう。


 駄目だよ……。これ以上は我慢しないと尚ちゃんに嫌われちゃう。でも……もし尚ちゃんの方から何かアクションを起こしてきたりしたら、その時は私我慢できないかもしれない。





 ◻️■◻️




 学校終わりに俺は和花に連れられて、和花の部屋の前に来ている。



「どうしたの。早く入ってよ」



「…………っ」



 これから起こる事を考えると自然と足が震えてしまう。


 和花にわからせられてから一か月ほど経った。


 あれから和花は俺をわからせるという日を作っては自分の欲求を満たしている。週に一度その日がやってきて、今日がその日だ。


 …………また色々苦しいことをさせられたり、心を折ってきたりするんだ。


 立ち止まっていても終わらないので、部屋の中に入り和花が座っているベッドの横に座る。



「尚ちゃん、まず挨拶からだね」



「……生意気な俺を今日もいっぱいわからせてください。よろしくお願いします」



「ふふっ……今日もいっぱい楽しもうね」



 楽しそうに俺の耳元で囁く和花。



 和花にわからせられてから俺はなるべく和花を避けようとしているのだが、全部先回りされている。幼馴染からなのかどんなに時間や道を変えても駄目で全て先読みされてしまう。


 あの日から和花のことが怖くて敬語を使うと『今まで通りの尚ちゃんでいいよ。その方がわからせた時に興奮するから。むしろ今まで通りに接してくれないと……わかるよね尚ちゃん?』と言われたので、頑張って今まで通り和花とは接するようにしている。



「じゃあ…………まずは抱きつくね」



 そう言って和花は俺に抱き着いてきた。



「痛い?」



「…………ちょっとだけ」



 少し強く抱きしめられているがこれくらいなら我慢できる範囲だ。これだけで終わってくれたらいいのに……。



「よかった。じゃあ今度は尚ちゃんの顔を胸に当てて……ぎゅーっ」



「……っ!? ……ぅっ………っ」



 先ほどより力も強くなり、動くことも難しくなる。


 め、めちゃくちゃ苦しい……。い、息ができ……ない。和花の腕を必死に叩くが抱きしめている力が弱くならない。



「はあ……私、これ好きなんだ。尚ちゃんが苦しくて苦しくて、一生懸命暴れてる姿を見てるとすごく興奮する。なんかねお腹の下辺りが熱くなってくるの」



 和花は俺が苦しむ姿が好きらしく、窒息寸前までこの抱き着く行為を何度もやって興奮している。



「はい一回休憩だよ。酸素を一杯吸ってね」



「ぷはっ!? ……ゲホゲホッ!! っ……ゴホッ」



 し、死ぬ……。解放されて必死に酸素を取り込む。……何回やられても慣れることは絶対にない。こんなの慣れちゃ駄目だ。


 和花を見てみると恍惚とした表情を浮かべている。……いかれてるだろ。何でこんなので興奮するんだよ。



「苦しかった? でもまだまだ足りないよ。一週間我慢した分、付き合ってもらうから。……尚ちゃんの可愛い姿たくさん見せてね」



 この日もみっちり何時間も和花にわからせられた。




 ■




 <学校・教室>


 昨日の和花せいで起きてからずっと体中がだるくて痛い。次の日はいつもこんな感じだ。


 授業の内容も全然入ってこないまま昼休みを迎えた。



「尚、聞いたかよあの噂」



 登が唐突に話を切り出してくる。



「噂? なんの噂だよ」



「バスケ部の斗真とうま先輩っているじゃん」


「ああ。あの爽やかイケメンの」



 斗真先輩はこの学校では有名人だ。


 バスケも上手くて、ルックスもいい。おまけに性格も最高という我が高校最強の男子高校生だ。告られた回数も尋常じゃないらしい。



「そうそう。その斗真先輩がさ…………藤山さんのことを狙ってるらしいんだよ」



「えっ…………マ、マジかよ!?」



「大マジ。なんか斗真先輩の一目惚れだって。近々告るって噂だぞ」



「そ、そうなのか…………」



 あの斗真先輩が和花を…………。


 和花のどこがいいんだよ。みんな騙されてる。あいつは俺が苦しむ姿を見て興奮する歪んだ性格だし、ゴリラ並みの腕力だし……告るのなんてマジであり得ない。斗真先輩も目が狂ってるよ。



「はぁ……。斗真先輩に告られたら藤山さんもオッケーしちゃうよな」



「斗真先輩、血迷い過ぎだろ。斗真先輩なら絶対もっといい人がいる…………あっ」



 …………ま、待てよ。こ、これはチャンスじゃないか。


 和花が斗真先輩と付き合ってくれれば、斗真先輩に目移りして俺のことなんて興味がなくなってあの地獄から解放されるかもしれない。和花に怯える生活もさよならできる可能性がある。



「…………なあ登」



「どうした」



「斗真先輩って何組だっけ?」



「斗真先輩はえっと確か……A組だったかな」



「ありがとう」



「なんだ……。もしかして僕の大切な幼馴染の藤山さんを取らないでくださいってお願いしに行くのか?」



「そんなじゃねえよ」



 むしろ逆だ。取ってくれるなら頭を下げて全力でお願いしたいくらいだ。




 ■




 <3年生の教室>



「すいません。斗真先輩いますか?」



「いるよ。おーい斗真」



 教室の奥で友人たちと話していた斗真先輩が呼ばれてこちらに向かってくる。



「なんだよ」



「この子がお前に用があるって」



「えっと……君は?」



「2年の堀之内ほりのうちです。すいません、今時間いいですか?」



 こうやってちゃんと話すのは初めてだし、近くで斗真先輩を見るのも初めてだがやっぱりイケメンだ。これでバスケが上手くて性格もいいとか、そりゃ女子も惚れるわ。さすが我が校最強の男子。



「ああ。大丈夫だけど」



「ありがとうございます。あの……単刀直入に聞きます。斗真先輩が藤山和花に告白するって聞いたんですけど……本当ですか?」



「えっ噂になってんの。恥ずいな、それ」



 噂は本当のようだ。よしよしっ!



「えっと……告白じゃなくてデートに誘うつもり。それで感触が良かったら告る予定だよ」



 なんだよ、告白じゃなくてデートかよ。でも和花の性格ならいきなりより順々に距離を縮めてもらった方が付き合える可能性も高いか。



「もしかして、堀之内くんも藤山さんを狙ってたとか?」



「い、いえ。むしろ斗真先輩を応援したくて……」



「応援?」



「俺、和花とは幼馴染で……好みとか大体わかるので斗真先輩に教えたくて」



「マジで! 嬉しいよ。ありがとう」



「は、はい」



 和花の好きなことだけを斗真先輩にやってもらえれば付き合える可能性は格段に上がる。俺の為にも斗真先輩には絶対に成功して貰わないと……。



「あの、ちなみに何ですけど」



「ん?」



「和花のどこに惚れたんですか?」



「……この前落とし物をした時に藤山さんに拾ってもらって、その時に惚れたんだよ」



 それだけで惚れたのか……。斗真先輩は単純だ。



「それだけって思われるかもしれないけど、ぶっちゃけ見た目もタイプだしなんか藤山さんを見ていると守ってあげたいって思うんだ」



「そ、そうなんですね」



 斗真先輩も見た目に騙されている人だった。登といい斗真先輩といい、和花の外見が良いとかよくわからない。




 ■




 <通学路>



 斗真先輩と接触してから何日か経ったある日、帰りのHRホームルームも終わったので帰る準備をしていると、和花に声を掛けられた。



「尚ちゃんごめんね。ちょっといい?」



「……なんだよ?」



「明日の私の部屋に集まることなんだけど……できないかも」



「そ、そっか……」


 やった! あの地獄の時間がなくなったぞ! 嬉しさが顔に出るのを必死に我慢する。本当は飛び跳ねて喜びたい!



「あ、集まれないなら仕方ないな。じゃあ明日はそのまま帰るよ」



「………………………………理由聞かないの?」



「えっ……あ、ああそうだな。なんで集まれないんだよ?」



「斗真先輩って人知ってる?」



「3年の先輩だろ。バスケ部の」



「うん。なんかねその人に一回だけでいいから買い物に付き合ってほしいって。断ってみたんだけどしつこく言い寄られて……」



「上手く断れなかったんだな?」



「……うん。だから一回だけ行くことになっちゃった。……ごめんね」



「い、いや全然気にしないで。気を付けて行ってこいよ」



 和花はしつこい誘いは断れない。加えて人見知りだからほぼ初対面の斗真先輩にどんな感じで話せばいいのかわからなかったのだろう。


 和花を誘う時は勢いと粘りが大事…………斗真先輩は上手く実践してくれたようだ。


 ここまでは俺の予想通り。あとは斗真先輩のポテンシャルと俺が教えた和花の好きなものやことを上手に使えるかどうかにかかっている………。


 頼むぞ、斗真先輩。




 ◻️■◻️




 <デート当日>



「………はぁ」



 思わずため息が出てしまった。本当だったらこの時間は尚ちゃんと一緒に過ごしていたはずなのに………。



「ごめん。おまたせ」



「い、いえ。ま、待ってないです………」



 とても申し訳なさそうにしている斗真先輩。慌てて来てくれたのだろう、息が少し切れている。



「あの、今日は何を……」



「ああ。今日は妹のプレゼントを買いたくて」



「妹さんの……誕生日か何かですか?」



「そうそう。もうすぐなんだ。でも俺、妹の好きなものはわかるけど選ぶセンスがなくて……。だから藤山さんの意見も聞きたくてさ」



「は、はあ……」



 買い物に誘われた時も同じようなことを言われたけど……それは私でなくてもいい気がする。


 それこそ斗真先輩のクラスの仲の良い女子でもいい。何で私なのだろう、接点もほぼないのに……。そう思ってるのに断れない私も駄目だけど。



「じゃあ行こうか」



「は、はい」



 私の気分は晴れないまま斗真先輩との買い物が始まってしまった。




 ◻️■◻️




 <本屋>



「妹さんは本が好きなんですね」



「うん。運動は苦手だけど俺と違って頭も良いし、自慢の妹だよ。本が好きでいつも家で読んでるけど……」



 意外だ。斗真先輩の妹さんだからバリバリのスポーツできる女の子だと勝手に思っていた。


 斗真先輩がある本棚の前で立ち止まる。



「チラッとどんな本を読んでるか覗いたけど確か…………あった」



 手に取ったのは有名な作家さんの一番新しく発売された小説だった。



「この作家さんの本を妹はよく読んでいるんだ」



「そうなのですね」



 私もこの作家さんの作品が好きだから妹さんとは少し話が合いそうだ。あっ……この人ももう新刊出してたんだ。また今度買いに来ないと。



「買ってくるから先に行ってていいよ」



「わかりました」




 ◻️■◻️




 <本屋前>



「おまたせ」



 会計を終えた斗真先輩がやってきた。手には袋を二つ持っている。追加でもう一冊妹さんに買ったのかな?



「はいこれ、藤山さん」



「えっ」



 斗真先輩から笑顔で袋を渡される。……な、なんだろう。渡された袋の中を確認すると、さっき見つけて今度買おうと思っていた新刊が入っていた。



「ど、どうして?」



「さっきすごく見てたから欲しいのかと思って」



 そ、そんなに見てたかな……。確かにちょっとだけ立ち止まったけどそんな凝視してなかったような……。



「あ、あの、お金払います」



「いいよ。今日付き合ってくれたお礼」



「で、でも」



「んーじゃあもうちょっとだけ俺に付き合ってほしいな」



「わ、わかりました……」




 ◻️■◻️




 <駅前>


 本屋に行った後、斗真先輩に連れられて寄り道をした。話題のアイス屋さんや女子に人気の高い小物が売られているお店……。


 斗真先輩は私にとても気を遣ってくれて、話しやすい雰囲気も作ってくれたので最初に思っていたより嫌な気持ちはなく過ごすことができた。


 その中で一つ疑問に思うことがあった。



「す、すいません」



「どうしたの?」



「ど、どうして私の好きなもの……知ってるんですか?」



 寄り道したアイス屋さんや小物売り場で斗真先輩は私の好みのものばかりを選んできたのだ。


 正直……とても怖い。


 斗真先輩とはほぼ初対面なので、私の好きなものなんて知っているわけないのに……。



「あれ聞いてないの? 藤山さんの幼馴染の子が教えてくれたんだよ」



「えっ……それって尚……堀之内くんですか?」



「そうだよ」



 予想外の答えに頭が回らなくなる。尚ちゃんが斗真先輩に私の好みを教えた……?



「……なんでそんなこと」



「それは…………えっと俺が藤山さんのこと好きだから」



「えっ」



 頬を赤くしながらとんでもない爆弾を言い放ってきた斗真先輩。


 斗真先輩は私のことが好き……。


 一度大きく深呼吸して自分を落ち着かせ、今までのことを整理してみる。



「つ、つまり堀之内くんは斗真先輩が私のことを好きって知っていて、私の好きなものとかを教えたってことですか?」



「うん。堀之内くんは応援してくれるって言ってくれたよ」



 ……なるほど。ようやく何が起こっていたのかを理解できたと同時に私は一つの答えを導いた。



「…………………………………………すいません。ちょっと体調が悪いので帰りますね」



「えっ大丈夫? 家まで送るよ」



「いえすぐ近くなので。今日はありがとうございました」



「あ、ああ。こちらこそありがとう。よかったらまた二人でどこかに行こうね」



 見送ってくれた斗真先輩に軽くお辞儀をした後、足早にその場を去る。


 …………尚ちゃん。これはお仕置きだね。




 ◻️■◻️




 本当だったら今日はあの地獄の日だった。でも今日は和花は斗真先輩とデート。久しぶりに気分が良く、こうやって買い物ができている。好きなゲームや漫画を見て回れる。


 ああ最高だ。前は当たり前だったこんな日が今は本当に嬉しい。



「これで和花が斗真先輩と…………」



「私が何?」



 後ろを振り返ると笑顔の和花が立っていた。



「の、和花!? ど、どうして……」



「尚ちゃん驚きすぎだよ。どうしてって家に帰る為に決まってるでしょ?」



「い、いやその……だって今日は斗真先輩と」



 まだデートが終わるには早すぎるはずだ。なんで和花が…………。



「斗真先輩とデートしてるはずなのにここにいるのはおかしいって? 体調悪いからって言って切り上げてきたよ」



 ずっと笑顔を崩さない和花。



「な、なんで……」



「だって尚ちゃんにお仕置きしないと駄目だから」


 和花がじりじりと俺に近づいてくる。距離を詰められないように俺も下がっていくが、逃げられない壁際まで追い込まれてしまう。



「逃げないでよ。お仕置きできないから」



「は、はあ? 何で俺がお仕置きされないといけないんだよ。何も悪い事してないだろ?」



「…………もっと厳しくわからせないと駄目だね」



 手を伸ばす和花。触られないように避けようとするが上手く和花に手首を掴まれてしまう。



「は、離せっ!?」



「今までは優しくしてきたけど、今度はもう泣いても気絶しても止めないから」



「わ、わけわかんないぞっ! 俺何もやってないじゃんか!」



 摑まれた状態だと逃げるのはほぼ無理。ここはこの場をなんとかやり過ごして……。



「…………斗真先輩から全部聞いたよ」



「は?」



「斗真先輩に私の好きなものとか全部教えてデートさせて、私に好印象を持たせる。その後もそうやってデートを繰り返して私と斗真先輩は無事に付き合わせて、尚ちゃんは無事に自由の身となってハッピーエンド。…………違う?」



 …………くそっ全部バレてる。斗真先輩なんで話しちゃうんだよっ!? これじゃやり過ごすことも難しいじゃんか!



「その顔は図星だね。……斗真先輩とお付き合いしたら、私が尚ちゃんから離れると思った? 考えが甘いよ」



 掴まれている腕の力がどんどん強くなっていく。



「まず第一に私は斗真先輩のこと全く興味がないよ。私が好きなのは尚ちゃんだけだもん」



「………………俺のことが好き?」



「うん。小さい頃から今日までずっと尚ちゃんの事が大好き」



「だ、だったら何で俺のことをいじめるんだよ!? 意味が分かんねえ!!」



 好きな人を窒息させようとする奴がいるのか。骨を折ろうとする奴がいるのか。死ぬかもしれないと思うほど追い込んでくる奴がいるのか。


 今まで和花に言いたくても言えなかったことが溢れ出てくる。



「なんだよ”わからせる”って!! あんなのいじめと変わらないからな! ちょっと俺より腕力があるからって調子に乗ってよ!!」



「………ああもううるさいな。少し黙ってよ」



「んぐっ!?」


 和花が片手で俺の両頬を掴む。必死に離そうと抵抗するが離れない。ギリギリと力を込められてとても痛い。



「んんぅ……っ」



「痛い? うるさくしないなら離してあげるけど」



 話すことができないので頷くと離してくれた。……頬に穴が開いちゃうんじゃないかと思うほど痛かった。



「尚ちゃんの考えてること全部お見通しだよ。だって幼馴染みだもん」



「幼馴染み……」


「うん。……そうだ。今日から尚ちゃん家のお母さんとお父さん、どっちも出張だったよね?

 出張の間、私が尚ちゃんのご飯を作って家事もやりますってさっき連絡しておいたんだ。だからほら、合鍵ももらっちゃった」



「うそ…………」



「だからね……今日から二人きりだよ。時間もたっぷりあるね」



 和花の顔を見て察した。出会った中でも一番怒っている。



「い、いや………………ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいっ!! も、もう騙したりしないし和花の言うこと聞くから! 嫌だ……」



 体が震え出す。1日ならまだ耐えられた。でも何日、何週間もあの地獄を味わうのは絶対に嫌だ、耐えられない。しかもいつもの地獄よりさらに厳しいものだなんて……。

 許してもらうために何回、何十回と謝る。



「許さないよ」



「い、いやだ! お、お願いします!! 本当にしないから! お願いします、お願いします」



「ふふっ……じゃあ帰ろうか、尚ちゃん」



 …………俺がバカだった。


 どうやっても和花に勝てるわけないのに、余計なことをしてしまって自分を苦しめるはめになって……。


 自分の中の何かが壊れた音が聞こえた。







終わり









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いつも俺の後ろをついてきているだけだった背の高いドジっ娘幼馴染みにわからせられる話 幼馴染み視点と少しだけ続き ハイブリッジ @highbridge

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