04 花盗人
「
その日、
「どうなされたのですか」
「どうもこうもない、紫宸殿にな、盗みに入るゥ奴がおんねん」
道長は汗を拭いた。
そして和泉式部が「もしや、
「せやから帝に奏上したんや、
「えっ」
道長四天王といえば、その一人が
「……の一人、
保昌は物忌み言うてるし、あとの二人(
それから「邪魔したな」と言い置いて、去っていった。
「…………」
ほっとひと安心……とはできない和泉式部だった。
源頼信。
「保昌卿……」
*
保昌は、
「こうして御恩を返すことができて、
「……逃げてもいいぞ」
袴垂は「いやいや!」と言って、断った。
「これだけの大舞台、乗らなきゃ袴垂の名が
「そうか」
保昌が和泉式部の返書を読んでいるところに現れた袴垂は、紫宸殿の梅の話を聞いて、「やるべし」と勧めた。
「でも」
「でもも
早速に袴垂は手下に命じて、盗みの予告の矢文を射させた。
そして、袴垂に誘われるがままに塀を越え、穴をくぐって、ここ紫宸殿の前までやってきた。
気づけば、もう夜だ。
「頼信がいる」
鋭敏な感覚を持つ保昌が呟く。
「名高き頼信卿ですかい?」
袴垂は渋い顔をする。やっぱりやめようか、と聞いている表情だ。
「いや」
保昌は思い出していた。
和泉式部と出会った時のこと。
その夜、袴垂と会ったこと。
さらに、藤原道長と
「結局のところ、おれ自身が踏ん切りをつけなければならなかったのだ」
恋よりも恋に近しい。
そう思ったのは真実だ。
だが。
「そこからきちんと、惚れたということを認めなければならなかったのだ」
だからこそ、和泉式部はこのような「答え」をしてきた。
だからこそ、平井保昌はこのように人目を忍んで、紫宸殿に迫った。
そして。
「いかに向かう先に、名うての頼信が待ち構えているとて、その想いを曲げていいのか、と感じた」
死ぬのは怖くない。
だが、死んでこの想いをきちんと伝えない方が、誰にも言えない方が。
「……後悔する」
「それでこそ、保昌卿だ」
袴垂は手ぶりで手下たちに合図する。
やれ、と。
*
「これなるは、
突然のその声に、道長と頼信は弓を構えた。
「さても見事な桜かな。頂戴つかまつる!」
宵闇の紫宸殿へ、二、三の影が忍び寄る。
「
頼信はひょうと射た。
くぐもった声が洩れ、影が突っ伏す。
道長が目配せすると、頼信は脅しだと
「本気を出すのは、保昌卿の時」
うん、とうなずいて道長も影の手前を射る。
「何や、音に聞く袴垂はそんな程度かいな」
「うぬ、おのれ!」
芝居がかって、袴垂は姿を現した。
無言で道長は弓を構えた。
対峙する袴垂と道長。
が。
その袴垂の背後で。
「…………」
桜ではなく、梅の木の方へと向かう影が。
その影はしなやかに、素早く梅に手を伸ばし。
「何者!」
頼信が射ると、その影はわずかに
「やった」
袴垂は快哉を叫ぶ。
頼信はさらに射るが、その影は梅を懐中に入れつつ、避けた。
「食らえ」
袴垂が何かを投げる。
煙が湧いた。
「煙幕か」
弓を構えたままの道長と頼信の視界が晴れる頃には、もう賊の姿はまさに煙と消えた。
「不覚です、道長卿」
「いンや」
道長は弓を下ろした。
「頼信にも無理なンは、余人にも無理や。しゃあない」
「恐縮です」
「それにしても、保昌以外にお前ン弓ィ避ける奴が
「……ええ、保昌卿以外に避けられるとは」
そこで道長と頼信は含み笑いをし、そして帝の下へ報告に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます