02 恋よりも恋に近しい
さすがに会ったばかりの盗人に、和泉式部の名は出せない。
しかし命の借りがあると
「ほう」
「何だその顔は」
「いやいや、元からこんな顔でさア。それより」
そうだったら、誰かに相談しろと、袴垂は至極真っ当なことを言ってきた。
「この気持ちを何といったらいいのか分からないのにか」
ああもう、まだるっこしいなぁと袴垂は頭を
「……また後日」
袴垂は音もなく消えた。
保昌は目を見開いたが、やがて「さて誰に相談したものか」と首を傾げた。
*
保昌は、主・
ちなみに
法成寺客殿にて、保昌は道長がやって来るのを待っていた。
道長は多忙らしく、なかなか来ない。
だが保昌も、暇さえあれば和泉式部への気持ちを考えており、「待たされている」とは感じなかった。
それどころか、こう呟いていた。
「和泉式部どの……」
「何や、それ?」
「うわっ」
武人の保昌らしくなく、つい大声を上げて驚いてしまった。
「何や、随分な言い様やな」
いつの間にか来ていた道長が、かがんで保昌を見ていた。
どうやら、呟きの最中に来たらしい。
切れ長で、鋭い目。
公家にもかかわらず武芸に達者で、弓を得意とする道長の目は、かなりの迫力があった。
「し、失礼いたした……臣、保昌、ただ今任地より……」
「ンなことは
道長は手を振って、保昌の発言をさえぎった。
「ンなことより、今の言葉は何や?
「え」
「え、とは何じゃ。麿の四天王として忠勤に励んでる士ィが思い悩んどるんや、気にして何が悪い?」
「は、はあ……」
道長の圧に押されて、保昌は
気がつくと保昌は、気になる人(先ほどの呟きで和泉式部とばれているが)の出会い、それから帰り
「……ふぅん」
道長は最初こそ興味深く聞いていたが、保昌が「恋よりも恋に近しい」と言い出したあたりから、にわかに興味を失ったように、平たい目をしていた。
「み、
「何え?」
「も、もう、帰ってよろしいか」
やはり教えろと言われたからといって、そう易々と胸中の想いを語るのではなかった。
いくら袴垂の忠言とはいえ、相手を考えるべきであった。
思い悩んでいる保昌を見ながら、道長はおもむろに言った。
「お~い、
赤染衛門。
百人一首に歌を残す歌人であり、夫である
その赤染衛門は、道長の妻である
「道長卿。そうやって衛門衛門言わないで下さい」
赤染衛門は、まるで猫か何かのように呼ばれている気がすると言いながら、客殿に入って来た。
「せやかて衛門」
「せやかて、ではなくて! 何ですか、用事は?」
赤染衛門は前述のとおり、道長の妻・倫子に仕えているため、道長に強く出られた。
「いやな」
道長はうつむく保昌を片目で見て、「アイツ、あの
保昌は顔を上げた。
「い、いや! それがしはただ……気になる方がいて、恋よりも恋に近しい気持ちを、と」
「そこが気に食わんのやが」
これは盗人の袴垂が消えたわけも分かると道長は
だが、大人の赤染衛門は、保昌に優しく語りかけた。
「保昌卿、その気持ち、それをどう言うかは、ご自身の好きになされたらよろしい。それより」
赤染衛門は文机を示す。
「あちらに紙と筆が。とにかくその方にその気持ち、伝えて見てはどうです?」
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