フットサル、そんなにヘディングしない説
ババトーク
フットサル、そんなにヘディングしない説
居残る生徒も少ない中学校の体育館でその事件は起こった。
中学2年生の男子生徒が、改装中の体育館の中央で倒れているのが発見された。学校指定の夏服に上履き。恐らくは校則違反の金髪は、本人の血で赤く染まっていた。
僕は彼のことを知っている。
同じフットサル部の友人だった。元は真面目な奴だったけど、先輩と反りが合わず、顧問の先生とはそれ以上に反りが合わなかったため、つい最近になって退部してしまった。詳しくは知らないけど家庭のゴタゴタもあったらしい。彼は一つの季節が終わる前に、あっという間に素行不良となってしまった。
僕は、彼とまた部活がしたいと思っていた。
だからその日、放課後に体育館裏に来るように誘っていた。先輩はじきに部活に出てこなくなる。次の部長はきっと僕だ。顧問の先生はどうにかするから、また一緒にフットサルをしようと、そんな説得をしようと思っていた。
彼は渋々ながら、説得される気はないけれど、体育館裏には行くと言ってくれた。ただ、その前に、何で俺が指名されたのかは知らないけれど、用事を頼まれたから、その後にしてくれと、そんなことも言っていた。
彼から色よい返事を貰えたのは嬉しかった。それがこんなことになるなんて。
*
工事のため、体育館は終日、立入禁止となっていた。ヘルメットをかぶった改装業者が出入りはしていたけど、生徒も先生も中には入れなかった。その業者だって、放課後には機材や資材を置いて撤収していた。
放課後、僕は体育館裏で一人待っていた。彼の言う用事が何時に終わるかは、聞いていなかったから知らなかった。
午後6時ごろだったか。誰もいないはずの体育館の中から人の気配がした。ボールが弾んでいるような音も。僕は気になって体育館裏の扉を開けようとしたけど、それには鍵がかかっていた。近くの窓も全部閉まっており、内側からシートがかけられていた。体育館の正面入り口なら開いているかもしれない。でも、僕がそこに行っている間に彼が来るかもしれない。だからそれ以上は確認しなかった。
午後6時半。僕はずっと待っていた。体育館の中から何かが割れる音がした。一回だけ。皿かガラスが割れるような音。僕はしばらくはその場にとどまっていたけど、さすがに気になって、音が鳴ってから10分後くらいにその場を離れ、正面入り口から体育館の中へ入った。
そして、床面や壁がブルーシートで覆われた体育館の真ん中で、血まみれで倒れている彼を見つけたのだ。
体育館の隅には、建設現場によくある足場の具材が積まれ、高所作業車が置かれていた。壁の一面には、組み立て中の足場が残されていた。これから天井付近の改修工事を行う予定だったのだろう。高所作業車には鍵がささったままだった。
高所作業車の横には、忘れられたようにフットサル用のボールが転がっていた。
それに、聞いて欲しい。彼の倒れた周辺には、何か陶器のような破片が落ちていた。僕はそれを一つ摘まみ上げ、掌に置いてみた。それは確かに陶器に見えた。ただ、片面にだけ、はっきりとした黄色い塗料が塗られていた。
僕は思い出したように携帯電話で救急車を呼んだ。呼んで、状況を説明していると、現場の状況がよく見渡せた。そして、電話を切ったころには点と点が線でつながっていた。
携帯履歴を調べたところ、その日の午後6時46分に、僕は119番に通報していた。つまり犯人は、たった5分そこそこでばれるような稚拙なトリックで、僕の友人に危害をくわえたわけだ。
*
救急車を呼ぶと警察官も来た。そのころにはすでに先生たちも集まっていた。
体育館は出入りが制限されたけど、僕は第一発見者と言うことで、出入りが許された。警察官は根掘り葉掘り、入れ替わり立ち代わり、同じことを色々と聞いてきた。
警察の見立ては次のとおり。ただしこれは当初の見立て。
僕の証言から、彼は誰かに何かを依頼され、体育館にやってきた。彼は頭に殴られたような怪我を負っていた。つまり、そこで何者かに頭を殴られたということだ。何で殴られた?周囲に散乱している陶器のようなものだろう。こんなものは体育館にはないし、工事現場にもないからだ。そして僕が見つける前に、犯人は体育館内に隠れたか、正面入り口から逃げた。でも、隠れた線はないだろう。警察官が探したけどいなかったから。
警察は、体育館の出入り口付近に陣取り、学校に残っていた先生や生徒から話を聞いていた。
午後6時半ごろのアリバイというやつは、どうやらみんなにあるようだった。職員室や部活動で、みんなお互いを確認していたという。本当かよ。一人でグラウンドを走ってた奴や、図書館で一人で本を読んでいた奴はいなかったのかよ。とにかく、アリバイが無いのは僕だけだってさ。しかも僕がいたのは現場に近い体育館の裏。彼とも面識がある。警察はそんな素振りは見せなかったけど、先生方は僕が犯人ではないかとあからさまに疑っていた。冗談じゃない!
職員室に残っていたフットサル部の顧問の先生は、特に僕を疑っていた。事前に、顧問の先生には、彼を部活に復帰させると伝えてあった。先生は、僕の説得が失敗して、それで激高して犯行に及んだんだろうと、みんなの前で推理を披露していた。
「じゃあ聞きますけどね、先生。あの陶器の破片みたいなのは何なんでしょうね。激高した僕が何でそんなもの持ってるんでしょうね。あれって何ですか?」
「そんなこと、俺が知るわけないだろう」
「警察が持ってますけど、あの破片って、一部に黄色い塗料がついてるんですよ。見覚えないですか?」
「見てないからどうとも言えんよ」
「うちで使ってるフットサルのボールの色と似てるんですよ。ほら」
そう言って、僕は摘まみ上げて拾っていた破片を先生の顔の前に突きつけた。先生は嫌な顔をし、警察官からは一斉にものすごく怒られた。証拠品を勝手に動かさないで!どこにあったのそれ!ごめんなさい!悪気はなかったんです。僕はやってません。今から説明しますんで!
「とにかく、何でこの色がこんな陶器に塗られてるんでしょうね。この陶器って、ばらばらになっててわからないけど、元はボールの形をしてたんじゃないですかね?」
「とりあえず、それ、警察に渡してくれないかな?」
「はい」
呆れ顔の警察官にたしなめられて、僕は素直に破片を小さなビニル袋に入れた。それは証拠品というやつになったようだった。
「フットサルのボールって、そこに転がってるのがそうだったりする?」
体育館の中にいた女性の警察官が、高所作業車の方を指さした。それも黄色い色をして、薄暗い体育館の蛍光灯に照らされているだろう。僕は頷いた。
「そのボールには、彼の新しい指紋がついていると思いますよ」
「つまりどういうこと。参考までに聞かせて欲しいね、君の意見」
僕を囲む警察官の一人がそう言った。顧問の先生は、「生徒の意見は参考にならんでしょうに」と、ぶつくさと、しかし聞こえるようにそう言った。僕はそんな愚痴を無視して、考えていることを口にした。
「改装中の体育館にボールが転がっているのはおかしいと思います。それはつまり、ここにいた彼がそのボールを持ち出したということです」
「何のために?フットサルをするため?」
「あいつはとっくに退部してます!」
顧問の先生はそう声を上げた。そのあまりの剣幕に、他の先生たちが肩を掴んでなだめたくらいだった。
「フットサルは一人じゃできません。彼は、ボールを使ってあることをしようとしたんだと思います」
「だから何?」
苛立つ警察官を前に僕は天井を指さした。
「天井に引っかかったボールを、ボールをぶつけて落とそうとしたんだと思います」
体育館は立入が制限されていた。僕たちはみんな、そこに天井があるかのように見上げた。外は既に暗く、校舎の隙間から覗く晴れた空には夏の星が瞬いていた。
第一発見者の権限で、僕は体育館の中へと入った。古びて煤けたような天井には、金属製の梁や補強材が伸びていた。確かにそこには、一つだけではあるけれど、バレーボールが挟まっていた。僕はそれを確認すると、またみんなの前へと戻った。みんな、僕の次の言葉を待っていた。
「まず、誰かが天井にフットサルのボールを模した陶器を設置します。これは、下から見たときに梁にはまっていると思わせればいいので、梁に糸で緩くくくってもばれないかもしれません」
「で、彼はそうと気づかず、ボールを投げるか蹴り上げるかして、陶器のボールを下に落とした、と」
「そうです。そしてそれをヘディングした」
「そんなに上手くいくかしらね」
「します」僕ははっきりした口調でそう言った。「僕らはヘディングします。フットサルはそんなにヘディングする機会がないんですけど、します」
「棒状のものがあったら素振りする、みたいな?」
そこにいた野球部の顧問がそう言った。警察官も僕もフフと笑った。ただ一人、笑っていなかったのはフットサル部の顧問だけだった。
「あいつはフットサル、好きじゃなかっただろうに」
「そんなことはない!」
僕はカッとなり、掴みかからんばかりの勢いで顧問にそう叫んだ。
「上からボールが落ちてきたら、彼なら飛び上がってヘディングをするでしょう。先生だってそうすると思ったから、彼にこんなことをやらせたんですよね!?」
「何を!馬鹿な!」
「こんなことを彼に頼めるのは先生以外にいないでしょ!」
「お前は俺を疑っているのか!?」
僕と顧問の間に警察官が割って入った。
「陶器のボールを天井にどうやって設置したの?」
「そこにある高所作業車です。鍵はささったまんまです。きっと今までもそうだったんでしょう」
警察官の一人がカメラの液晶画面を見せ、他の警察官に対して「確認しています」と報告していた。
「それで何で俺が犯人なんだ!誰だってできるじゃないか!」
「確かにそうです。でも、これで今日の午後6時半ころのアリバイはどうでもよくなるんですよ」
そのとき、体育館の中に一人の警察官が入ってきて、その場にいた指揮官のような人にそっと耳打ちした。そして、指揮官のような人は、僕らを前にして、聞こえるようにこう言った。
「彼、病院で意識を取り戻したそうだ」
僕が嬉しさで泣き崩れた横で、フットサル部の顧問の先生は、絶望で膝から崩れ落ちたそうだ。
*
「いやね、正直言って、記憶全然ないんだけどね。頭ぶつけて脳みそ死んだから」
痛々しい包帯を頭と首に巻いて、ケラケラと笑いながら、彼は病院の面会室で僕にそう言った。
彼に記憶はないけれど、そんなことは知らない例の顧問は、とっくに警察にすべてを自白していた。トリックは僕の推理のとおり。動機は、顧問曰く、部活のためにやむを得なかった、彼にもうこれ以上フットサルにかかわって欲しくなかったから、とのこと。フットサルに裏切られて欲しかった、とも。しかし、部活のために人を殺すのだろうか。陶器のボールを自作してまで?
ある警察官は、「合わない人と同じ場所にいるくらいなら、そうならないために一線を超える人はいるもので、だから人間関係は無理をしないことが大事なんだよね。嫌なら逃げる。生徒も先生も」と言っていた。
彼が部活の人間関係に悩んでいたように、顧問にも深く暗く、顔を覆い目を強くつぶってしまうくらいに、その関係性に思うところがあったのだろう。そう考えると、むりやり彼を部活に戻そうとしていた僕こそ、この件の元凶のような気がする。僕が顧問を追い詰めていたのかも。
「まあ、脳天を潰されたんでフットサルはもういいよ。できねえだろ」
「脳みそが飛び出ちゃうか」
「残ってればなあ」そう言ってお互いにゲラゲラと笑った。「もう少し陶器が厚かったら、死んでたってさ」
「重すぎると天井に設置できなさそうだもんね」
「薄すぎても割れそうだけどな」
彼はそう言って、お土産に買ってきたカヌレを口にした。二口でそれを食べると、椅子に深く座りなおし、話を続けた。
「まあ、でも、辞めてもフットサルが好きだったってことはわかったよ」
「ヘディングしちゃうくらいにね」
「俺、奇麗に飛べたんだよね。我ながら」
「記憶あるじゃん」
「いや、これは脳じゃなくて、体の方の記憶で」
「ああ、んん?」
「蹴ったボールが真っすぐに天井に上がっていって、引っかかってたボールが落ちてきてさ、それに合わせて頭を振ってさ、奇麗な軌道を描いてボールが壁に飛んでいくと思ったら、ガツンだよ」
そう言って、彼は握りこぶしを自分の頭の上に置いた。その自虐的なように見える彼の態度は、僕を気に病ませる。
「ガツンで、パリンなわけだ」
「そうそう」
「そんなに好きならフットサルに戻ってもいいんだよ」
僕の期待を知ってか知らずか、彼は二つ目のカヌレに手を伸ばした。
「まあなあ。フットサル、そんなにヘディングしないしな」
そして、どこかで聞いたことのある彼のその科白に、僕は一人でゲラゲラと笑うのだった。
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