第2話

「こんばんは。カクヨムでは『クッキングママA』様として活動されておりますよね。アズシーさんは百合が好きということですが、好きになった切掛け等はあるのでしょうか?それとアズシーさんの描くイラストが大好きです。大きくて鮮やかな眼が特徴的だと思います。独学であそこまで上達されたのでしょうか。私が一番好きなのは顔面を解体している作品です」

 予想外に長文で届いたダイレクトメールに、さっきまでの暗鬱な気持ちがぐるりと変わって、スマホを見る眼が輝き始めた。

「わぁ、長文で褒めて頂いてとっても嬉しいです!百合に嵌った切掛けは『少女革命ウテナ』という作品ですね。絵は完全独学で、三年前の浪人時代から描き始めました。あの絵良いですよねと自画自賛してしまいます。因みにこちらの四枚塚しまいづかあずさが本名であります」

 わたしは直ぐに通知を開き、成るべく長文になるよう返信した。

「『少女革命ウテナ』、懐かしいですね。三年って早くないですか?となると今は大学生でしょうか。お若い!学生であれば勉学に創作に大変忙しいでしょうが、無理をなさらず頑張って頂きたいです」

 この文言からして栞さんは三十代男性かと予想出来た。わたしの交友は年齢性別不問、寧ろ年上相手の方が話の合うことが多いので丁度良いと思った。

「有難うございます。こちらとしては後が無い心地なのですが。また適当に話し掛けてきてください。そちらの活動も頑張ってください!」

 一日の中で交わされた言葉は、この四年間で最も充実した物と解釈出来た。一方的に鑑賞させるのはわたしのポリシーに反するので、栞さんのツイートやプロフィールを見ると、カクヨムにて繋がりのある作家志望の方だと分かった。作品を幾つか読んでみれば、わたしと似たような内容、且つわたしと同じように多数の短編を制作していると知れた。

 翌日、今度はわたしからメールを送った。

「遅れながらこちらも栞さんの作品を何点か読まさせて頂きました。ホラーで不気味な感じが良いですね。わたしもよくそう言った類を書くのでシンパシーを感じます。栞さんはゲームがお好きのようですが、どう言ったゲームが好きなんですか?わたしはゲームには疎い方ですが、『ゆめにっき』のようなアート性のある物や『Minecraft』のようなクリエイティブ性のある物が好きです」

「お読み頂き有難うございます。ゲームは何でも好きですが、ストーリーやシステムを注視するので、戦略系やATLUS作品等は特に好きですね。『ゆめにっき』や『Ib』は確かに独特の世界観を醸していて、後世にも残る作品だと思います。今考えると、アズシーさんの絵は何処かゆめにっきとリンクするように感じます。単純にホラーと一言では表せられない奥行きがあります。長くなり申し訳ないですが、アズシーさんはカクヨムコンに参加されますか?」

「『Ib』も好きです。ATLUSは名前しか知りませんでした。もしお互いに好きなゲームがあれば一緒にプレイするのはどうかな、と思ったのですが。カクヨムコンまた開催しているんですね。コンペは見つけ次第適宜応募しているのでわたしも参加しようかしら」

「実はこの間、アズシーさんは電撃イラスト大賞のことはご存じだろうかと思っていまして。カクヨムコンも勿論参加して頂きたいのですが、アズシーさんはイラストもお描きになるので良ければ電撃の方も調べてみてください。イラストレーターとしてデビューする登竜門になるはずです。あとゲームは私、基本的にオフラインプレイなんです」

「電撃大賞のことは知っています。来年締切のものは小説とイラスト両方応募してみようかなと思っています。イラコンは色々出しているんですが全然通らなくて……」

「応募されていたのですね。私も小説を出したことがあるのですが通りませんでした。両方応募されるのは良いことだと思います。頑張ってください!」

「お互い早くデビューしたいですよねぇ。ゲームしながら創作の話が出来たら面白いかなと思ったのですが、またの機会にしましょう。いや、DMだけでも十分楽しいものです」

「デビューは焦りますよね。若い内は特に。アズシーさんは大学生ですから、まだまだこれからです。学問との両立は大変だと思いますが、努力を積み重ねてくださいね。お薦めしたいのは、私、ココナラというサイトで小説を書き報酬を得ているのですが、アズシーさんもやってみては如何でしょうか。アズシーさんの場合、イラストもお描きになるので需要の幅は広いはずです。ツイッターのアイコンの依頼等ですね。仕事として書く・描く感覚は、そうでない時と比べてやはり身がぐっと入りますので、新鮮ではないかと。ゲームしながらの創作話はまたの機会に!こちらこそ話せて楽しいです」

「収益化出来ているんですか。凄いですね。ココナラは知っていますがそういうのは有名になれた後に手を出そうかなと考えています。栞さんのコンテスト挑戦、応援しています。また適当なタイミングでお話ししましょう」

 こうして現実を超える量のコミュニケーションは一幕を閉じた。一連の文面からして、栞さんは明らかに善意の塊のような人だった。

 その後は通知表示がメールマークからベルマークに移り、栞さんはわたしの作品や呟き全てにいいね、リツイートを施してくれた。カクヨムでは「オナバレッタ」には「ラストの表現、良いですね。いやはや変態さんたちの一部始終を垣間見ましたよ」と、「ゆゆゆ幽霊展」の表紙絵を「可愛い」と、「ゴミ箱カップ」には「やけに詳細な高校生の独白が面白いです」と、「久しぶりのデート」には「本当にリアリティのある描写がなされていて驚きました。もしや、クッキングママAさんの実体験だったりして?最後の風俐の独白も気持ちが篭っていて良いですね。怖さが滲み出ています」とコメントしてくれた。

 わたしが贅沢な絶望を呟く時も、「本物の天才は世間の価値観と衝突することが多い。何が言いたいかと言えば、アズシーさん頑張って」「アズシーさん大丈夫かな……」等と励まし、作品を上げれば「犯行に至る経緯まで解説するのが良いですね」「アズシーさんの絵が進化している。凄い!」「アズシーさんの絵心が羨ましい」等と感想を呟いてくれ、それまで幽霊だったわたしには、その一つ一つの呟きが身体の中にじんわり沁み渡った。

 二〇二二年。昨年末から春休みにかけて、置き去りにしていた長編二つに蹴りを付け、コンテストへ続け様に応募した。序でに小説家になろうや他サイトでの投稿は取り止め、カクヨムに限ることとした。応募する中でやっと一つの当たりを引いて、重大発表を用意することになった。陳腐な言い方だけど、わたしがここまで来られたのは間違い無く栞さんのお蔭だ。栞さんがわたしの零を一に、幽霊から人間へと変えてくれたんだ。

 ある日、栞さんが死んだ。

 正確に言えば、アカウントが消えた。

 そこに居るのが当たり前だと思っていた彼とは、もう連絡が付かない。わたしはまた、大事な人を、失った。わたしはまた、零に戻った。

 わたしが悪かったのではないか、後になって悔いが暗黒に包み込む。わたしがもっと栞さんのことを応援すべきだったんだ。わたしと同じくらいあなたも戦っていたはずなのに。ごめんなさいと謝る相手は「存在しないアカウントです」と言うユーザーインターフェース。広大なインターネット上、何処かに居ないかと栞さんの使っていたカクヨム、アルファポリス、ノートを探るが削除済み、その中でココナラだけは残存が確認された。その時初めて「三十代・女性」であることを確認したわたしは、本当に酷い女だと思った。

 わたしは恋をしないままここまで生きた。あなたはいつもわたしの愚痴を聞いてくれた。あなたと話した、触れ合った。そんな人、今まで居なかった。失って初めてどれだけ大切だったか気付いた。あなたの小説を読んでいた時、作中に既視感のある人物が登場した。世界から拒絶されながらも、自分の表現を曲げずに絵を描くヒロイン。あれはわたしを書いてくれたんだよね。あなたは沢山の愛を与えてくれた。だからわたしも小説にしてしまう程、本当に特別な人だったのです。

 何となく、いつかこうなる気はしていた。わたしが声を上げればそこは決まって墓場になるから。皆私の近くから消える。素晴らしい人々が自殺していく世界。わたし達みたいな奴は何処かに逃げるか、諦めて土の中に潜るか。そんな社会に生まれて失敗した。埋もれた存在を眼の前に実感する。

 寂しい。人は何処を目指しても寂しいんだ。こんな作業に何の意味があるだろうね。生きることさえも。夜の静寂はあなたの墓前。同時に、フォローを外したあの子のことを思い出した。彼女は音楽を作っているようだけど、わたしのことを覚えているかな。メールのログを消すことが出来ない。次に訪れる君もアカウントを消すのかい?こんな出会いと別れは今後更に増えるだろう。このウェブページが消える日も遠くないだろうね。

 わたしの創る目的が自己満足であるのは今も変わらない。だけど栞さんのことが、どうしても忘れられない。せめて「さよなら」くらい言って欲しかった。

 いつか絶対に戻ってきてください。その時はわたしの愛を全て捧げます。それまでに栞さんを驚かせるような作品を沢山創っておきます。また一緒にお話ししたいです。

 だってわたしの初めての「友達」だから。


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絶版ウェブページ栞さん 沈黙静寂 @cookingmama

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