硝煙とドブネズミ

「そりゃあ災難だったな。トラウマになってるのか?その時の夢か何か、んだろ?」

 僕はそれを聞いて頷こうとするのが精一杯だった。まだ呼吸が荒い。コルセットに阻まれて頷こうとした頭は止まり、僕は呼気の隙間から「はい」と応じた。

「その怪我はリハビリすりゃあ治るだろう。トラウマは克服するしかなさそうだがな」

 若い女はそう言って憐れみと悲しみの混じったまなざしを僕に向ける。

「あなたは何者ですか?」

 僕が尋ねると、彼女は「ああ」と気づいたように自己紹介を始めた。

「ボクはマリーティカ。ドニプロの近くで工兵やってたんだが……まあお察しの通り負傷したんだ。もう少しで退院だったんだけどね……ドニプロはもうロシアの手の内だろう」

 マリーティカは少し悲しそうにそう語る。すると、向かい側のシートに座っていた老人が、何やら考え事を始めた。先ほどまで涙に潤んでいた目は、今や真剣なまなざしをもって床を見つめている。そして、ハッとしたように突然会話に割って入ってきた。

「姉ちゃん、ドニプロ防衛の工兵といえば『ドニプロのドブネズミ』っていたよな。知ってるか?」

 彼の泣き腫らした目には光が宿り、まるで新しい希望を見つけたかのように輝いている。ドニプロのドブネズミという名は、確か病室で聞いたことがあった。確か、最近負傷したという情報が流れている……はずだ。

「まあ……はい」

 マリーティカはそう言って、照れくさそうに笑った。僕は彼女の手元を注意深く観察したが、何も分からない。恐る恐る彼女に尋ねてみる。

「そういえばあなたはどこを負傷したんです……?」

 僕がそう尋ねる間、老人は興味深げにマリーティカと僕を交互に見つめていた。マリーティカは少し考えてから左肩を叩く。

「利き手だったからかなり焦ったよ」

 僕は彼女にさらに尋ねた。

「もしかして、あなたがドニプロのドブネズミだったりしますか……?」

 マリーティカは首を横に振る。

「私は彼女と同じ部隊にいただけ。私にはあそこまでの戦いなんてできない」

 彼女の言葉は少しの謙遜を含んでいると、僕はその時確信した。彼女の髪は短く、前髪には部分的に焦げた跡がある。歴戦の工兵であるとしても、何ら矛盾はない。

「肩のどこを撃たれたんですか?」

「どこだっていいでしょ。あなただってキエフの亡霊と同じ部隊にいたんでしょうに」

 老人は隣の老婆や孫らしき右手を骨折した子供に声をかけ、しきりに「二大英雄の話が聞けるぞ」と言い始めた。

「やめてくださいな、僕たちは彼らをすぐそばで見ていただけですから」

「そうです、それに聞いた話も混じってますし」

 しかし老人たちは期待に満ちたまなざしでこちらを見る。僕は少し迷いながらも、頷いて話を始めた。この世界の僕もまた、キエフの亡霊の一員。この世界の自分が出した戦果の表は既に見ているのだから。

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