戦場の侵食
「起きろ、敵襲だ」
そう言われて起き上がろうとした僕は、自分がすでに救急車に載せられていることに気づいた。抱えられてきたのだろう、何ヶ月かぶりに座席に座っている。長椅子のようなシートには、すでに多くの人が並んでいた。
「もっと守らなきゃならない人が……」
そう叫びかけると、ここ最近僕を介護してくれていた衛生スタッフが目で僕を制する。
「パイロットは貴重だからな、負い目に思うなよ。空軍に帰って、ウクライナを守ってくれ」
そう言って僕を救急車に残し、衛生スタッフは救急車を出ていった。ヒュルヒュルという音、一瞬遅れて腹の底に響く鈍い轟音。救急車の横に落ちた砲弾は救急車を揺らし、数名の衛生スタッフが僕の乗る救急車に叩きつけられる。窓に血がついたのがはっきり見えた。
「まずい、このままでは本末転倒だ。逃げるぞ」
車長が指示し、外に警告を発しつつ救急車は急発進する。病院を抜けて荒れた道に入ると、救急車はガタガタと揺れながら速度を上げた。頭がくらくらした。僕は何もできないまま、助かるかもわからない脱出路で逃がされている。その事実に僕はもう何も考えられなくなって、不意に意識が闇の中に落ちた。
「シュヴェーツィ、無事か?」
「はい、なんとか」
あの日の、存在しなくなった戦闘のさなかに聞いた無線電信だ。
「シュヴェーツィ、後ろに敵がいるぞ」
「わかってますよ。畜生この野郎、動け!土壇場なんだから言うことを聞け!動け!」
シュヴェーツィ中尉からの通信が途絶する。そしてボーンダル大尉が悲鳴を上げた。一瞬のことだ。
「敵機、直上!」
「全機、避けろ!私は最大速度で反転する!」
僕の機体はすぐに反転したが、敵機の弾は左側のエアインテーク付近で炸裂した。コクピットの窓が割れ、血が窓ガラスにつく。
「これしきでやられてたまるか……!」
僕は機体をなんとか捩り、残りの弾を至近距離で避ける。そして僕は反転してミサイルをロックし、敵機二機を葬った。
……そこからは記憶が曖昧だ。どこをどう飛んだかはわからないが、ただ電磁パルスで狂ったメーターは覚えている。それからキエフ上空を離れて、帰投中に荒野の只中で燃料が尽きた。それで脱出したから、西部にいるものと思っていた。
――何がなんだかわからない。これまでいた世界とは微妙に違った別の世界に来たような感覚。歯車が噛み合わない時計のように、脳内で符合しない。この戦いについての記憶だけが、全く符合しないのだ。
「大丈夫かい?おい兄ちゃん、大丈夫か?」
はたと気がつくと、僕は隣に座っている若い女に声をかけられていた。
「……ああ、なんとか大丈夫です」
「そうか、良かった。見たところかなりの重傷のようだが、どこでその怪我を?」
「その……キエフの防空隊にいて撃墜されたんです」
僕が答えると、彼女は複雑な顔を浮かべる。どうしたのか尋ねようと、僕はコルセットが巻かれた首を少しずつ回して顔を彼女に向けた。
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