氷菓子はいつか溶ける

雨乃時雨

でも氷菓子に賞味期限はない

 しゅわしゅわと蝉が鳴く。


「あのですね、突然なのですが私は大人になりたくないのですよ」


 田舎によくある閑散とした小さな神社。のびのびと育った楠が木陰を作っているおかげで、鳥居の外よりは少し涼やかな社の縁側。そこに腰かけた少女がぽつんと呟いた。


「ほう、それは何故?」


 青年が答える。


「私は生まれたときから周りに碌な大人がいなかったのです。別に児童相談所に駆け込まなきゃいけないほどのことはされていないのですが、少なくとも好きにはなれない方ばかりなのです」


 少女は水色のアイスキャンディーをしゃくりと食べた。


「だからなのでしょうか、『大人になる』ということは、『私自身が今まで嫌ってきた存在になってしまう』というように感じるのですよ」

「君は、君が嫌う大人にならなかったら良いと思うのだけどね。『大人』と一口に言っても色んな人がいるのだから」


 少女がよいしょと立ち上がって、アイスキャンディー片手に、ポケットから取り出した十円玉を賽銭箱に放り込んだ。ついでにとばかりに本坪鈴をガラガラと鳴らした。


「つきましては、ちょっと神隠しをしてほしいなと」

「僕、神様始めてから数百年くらいだけど、そんなお願い初めて聞いたよ⁉ てか話が飛び過ぎてちょっと意味わかんないな。それに鈴鳴らすタイミング遅くない?」

「できれば三食昼寝付き、完全週休二日制がいいです」

「待遇いいな⁉ 僕なんて、神権じんけんとか労働組合とかの概念が無い頃に生まれた存在だから、年中無休なんだけど。てか神隠しに週休とかいう概念あるの? 毎日が休日みたいなもんだよ? ――ってこんなに突っ込んでも、神である僕の声なんて、君には聞こえてないんだろうけどさぁ」


 少女はまた社の縁側に座って、溶け始めたアイスをもう一口食べる。


「話が突飛すぎましたね、失礼しました」

「いや、本当だよ。突然すぎてビックリしちゃったよ」

「いつものように、大人になりたくねぇ、何でまだ社会のことをちっとも知らない高校生なのに進路考えなくちゃいけないんだよって思ってた時にですね、ふと新聞が目に入りまして。そこには『小四男子が行方不明、神隠しか』って見出しがあったのです」


「それであぁ、これだ!」って思ったんですよねぇ。

少女はアイスキャンディーをしゃくしゃく食べて言う。


「ほら、神隠しってよく『子どもが突然消えて、数十年後に子どもの姿のままで帰ってきた』って話あるじゃないですか。だからやろうと思えばずっと子どものままで居られるのかと」

「なんというか、発想が子どもっぽいね」

「何か侮辱された気がします」

「あ、これ実は僕の声聞こえてるパターンだったりする? 人間は普通、僕の声聞こえないから、こりゃまた独り言がすごいタイプの子が来たなぁ、でもまぁ相槌くらいは打ってやるかって思って話聞いてたけど、僕の声聞こえてる⁇」

「あ、このアイス当たりだ」

「うーん、やっぱり聞こえてなさそう」


 少女は、『当たり』の『当』の文字が出てきたアイス棒を見て、いそいそと残りのアイスを食べ進める。


「まぁそういうわけで、神隠ししてください。神様」

「まぁ、君は僕の声が聞こえていないとして話を進めようか」


 青年が着物の袖をはためかせ、諭すように話しかける。


「僕は神だけどね、実を言うと、神隠しなんて大層なことをできるような力は無いんだよ。僕は今も昔も、人を少しだけ助けるしかできないんだ。だから、少しだけ助言をしよう」

「いつか君も大人になる。それを嫌がっていては、いつまでも過去に捕らわれたままになってしまう。僕自身そういう人を何人も見てきたし、決してそのような人は少なくない」

「きっと君は『大人』というものが、自分とは違う別の存在だと思うから、大人になりたくないんだろう。でも君自身が無くなるわけじゃない。君が何で大人を嫌いなのかは分からないけど、君はずっと子どもの心を持ったまま大人になればいい」

「だからね、いつまでも動かない時間を望むんじゃなくて、動き始めた時間のその先も君であり続けるための方法を模索した方がいいと、僕は思うな」


 少女は、アイスキャンディーの最後の一欠けを食べた。『当たり』の文字が全て見える。


「……駄菓子屋に寄ってもう一本交換しよっと」

「まぁこんな真面目に話しても、アイスキャンディーの魅力の方が勝つよね。僕の声が聞こえないもんね」


 少女は、縁側からぴょいと勢いをつけて地面に着地し、鳥居の方へと歩く。


「――あぁ、そういえば」


 くるり、と少女が振り返った。

 目と目が、合う。


「話を聞いてくれてありがとうございました、神様」

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