「N」クロック

ペアーズナックル(縫人)

「N」クロック

あるとき、部下と二人で滅亡惑星調査任務に向かった時の事だった。

目的地の星は相当酷く荒れていた。放射線計測装置がさっきから降り切れっぱなしでやかましい警告音を立て初めてもう5分たった。我々第531班がもし半機械人間でなければこの放射能でとっくにやられている所であろう。


「ぺんぺん草も生えない・・・とはこのことでしょうね。ていうかぺんぺん草、ってどういう草でしたっけ?」

「知るかそんなもん。」


文明があったと思われる遺跡はあらかた探し回ったが、疑似網膜を使っても生体反応がないという事は即ちそういう事なのだ。なので後はこの星を衛星兵器で一気に焼き切るだけだ。私は部下を呼びつけて直ちに大気圏外へと向かう手はずを整えた。


「全く惑星滅亡調査任務ほど、銀河連邦軍の中で一番退屈な仕事はないな、クロハ。」

「別にいいじゃないですかハンデル隊長、楽しておまんま食えるなら。」

「・・・ところで、その手に持っているのは何だ?」

「ああ。これは時計ですよ。一番放射能密度が高かった砂の中に埋まってたんです。手ぶらで帰るのもなんだかな、って。」


時計だけならこちらにもたくさんあるというのに、物好きな男だ。

宇宙船で大気圏外に出た後も必死にその時計を動かさんとしばらく悪戦苦闘していたようだが、とうとうだめだぁと音を上げて大の字に転がってしまった。


「どうなってんだ・・・どうやっても動かねぇ・・・」

「もうその時計は完全に壊れているんだ、動くことはないだろう。」

「いまは、もう、うごかない・・・ってやつですか。はぁ・・・まあいいや、動かなくてもアンティーク品にはなるでしょう・・・」


どうしてもその時計を活用したいとする、こいつにしては珍しい執着心に少し関心を覚えていると、疑似網膜にいよいよ衛星兵器、重光線装置の作動を知らせる通知が入った。普通の重光線装置と違って、我々のような末端の班に回されるものは、重光子のエネルギー処理に大量の放射能を発生させるいささか”お古”のタイプである。そのため目の前の惑星を完全に消滅させるまでは少々時間を食うので、この時間が任務中で一番退屈な時間だ。


ギイィィィン!!


大気圏内ではそういう音で聞こえると部下が言っていたが、宇宙でそんな音なぞするはずもなく、ただただ無音の暗黒空間に一筋の光が走るのが確認できるだけだ。そして、重光線が惑星の核まで到達して段々と惑星がひび割れていく。この宇宙のサイレント・ショーを我々はもう何千回も繰り返し疑似網膜に焼き付けてきた。


ところが今回のショーは部下の驚いた声で余韻もろともかき消されてしまった。何事かと部下の部屋まで見に行くと、とても驚いた表情で時計を指さしてこう述べる。


「時計が・・・時計が、動いた・・・!」

「なんだと?」

「動かないと思っていた時計の時間が、動き始めたんですよ!!たった今!!」


中央に「N」という文字が書かれているその時計を初めて見たときは、長針と短針がぴったりくっついていた。ところが、いま目にしている時計は長針が短針の右側、即ち一時の方向へと動いていた。疑似網膜の記録に照らし合わせても動いたのは間違いなかった。分からないのは、何故動いたか、という事だけであった。


「とにかく動いてよかった、多分さっきの重光線の放射能の影響でいい感じに動いたんでしょう。」


部下は能天気なことを言っているが、私にはその時計がどうも頭の中に引っかかった。このタイミングで動き出したのは果たしてどういう意味を持つのか。

そもそもこの時計、あの惑星で一番放射能が強いポイント、即ちグラウンド・ゼロで拾得したのだが、それにしてはいやに形を保ちすぎている。誰かがいたずらで埋めたという事も考えうるが、あの星に生体反応は確認できなかった。それにもし埋めたとしても、一体何の目的をもって、あそこに埋めたのだろうか?

そこまで考えた時、部下があることを口走った。


「放射能を使う兵器に反応して動くなんて、まるで終末時計みたいだな、これ。」


・・・そうか、終末時計か。

この時計の正体を見抜く完全な答えにはなっていない気はするものの、この時計を今我々が表しうる適切な言葉はそれぐらいしか思いつかなかった。




今だからこそ言えるのだが、結論から言うと、その時計を終末時計と表したのはあながち間違いではなかった。その時計の正体は私にとって最も嫌な形で知る運命になると知っていれば、この時計はあの時あの星に捨てたのにと心底思っている。そうすれば・・・部下であるクロハとも二度と会えなくなる羽目にもならなかったのだから。









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「N」クロック ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle

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