第4話 魅惑の毒
それから結菜の周りでは、少しずつ異変が起きていた。
買い置きのお菓子が無くなっていたり、朝、すぐ履けるように縛ってあったスニーカーの紐が解けていたり、前日に準備していた体育のジャージが私服にすり替わっていることもあった。
犯人はわかっている。彼女の兄だ。
漫画の件で多少負い目があった結菜は、この地味な嫌がらせを耐え忍んでいた。
「地味にイラつくんだよね。いつまでもしつこくて嫌になるよ」
ある日の放課後、結菜は舞香の家に寄り日頃の不満を吐き出していた。
「面白かったけど、やり過ぎたかなとは思うよね〜。結菜のお兄ちゃん、あの後大変だったみたいだよ?」
舞香は、前日に姉に聞いた事を話し始める。
「あの漫画、誰も本当に男を連れ込んでるとは思わなかったんだけど、女を取っ替え引っ替えしてたのはバレちゃったみたいで。その中の何人かは自分が彼女だと思ってたから大激怒。んで結局結菜のお兄ちゃんが最低野郎って事で終わって、校内の女子にシカトされてるらしいよ」
なるほど、と結菜は納得した。いつまでも続く嫌がらせは、兄が女子に相手にされなくなったなのが原因か。
「なるほどね。まぁ私もアカウント消す罰は受けたけど、新しいアカウントで楽しくやってるから、あっちの方が被害は大きいよね」
その後も翔の嫌がらせは続き、結菜はひたすら耐えていた。シャンプーやボディソープが毎回自分の使う時に詰め替えが必要になっていても、趣味で作ったお菓子が、冷ましている間に全て食べられていても、とにかく耐え続けた。
月日は経ち、結菜は中学三年生、翔は高校二年生になっていた。
春から翔の門限は解除され、それなりに楽しくやっているようだ。風の噂でバイト先に彼女ができたと聞いていた。
嫌がらせも収まり、結菜は一年ぶりにストレスから完全に解放されて清々しい毎日を送っていた。
しかし、その生活はたった二ヶ月で終わりを迎える。
六月初旬。
「アイツ……。またか」
冷蔵庫を開け、あるべきところに目当てのものがないことに気づき、結菜は呟いた。舞香の家に遊びに行くのに持っていこうとしていた力作のプリンが忽然と姿を消している。シンクの中にはスプーンがひとつ。ゴミ箱には重なって捨てられているカップが四つある。
「彼女に過去の色々がバレて振られたみたいだよ、結菜のお兄ちゃん」
舞香から情報を聞き、またも結菜はなるほど、と納得した。
ただ今回は、どうしても許す気になれなかった。これから先、兄が人生に挫折するたびに自分で憂さ晴らしをされるのは我慢ならない。それに、一番最初の原因を作ったのは他でもない兄なのだ。そもそも何で今まで我慢していたんだろう。
「よし。もう我慢できない」
「え、また漫画描いちゃうの?」
「ううん。もっと効果的なのにする」
結菜が口角を上げる。が、目は全く笑っていなかった。ああ、本気で怒っている、と舞香は背筋が若干冷えた。
それから二週間後。
ここ数日、六月にしてはずいぶん暑い日が続いている。天気予報では明日は真夏日になるだろうとのことだった。
その日の夜、結菜はキッチンに立ち作業しながら、終始怪しい笑みを浮かべていた。
そして翌日。昨日に続き暑い日だった。
翔は炎天下の中、駅から自宅への帰路についていた。容赦ない日差しが頭を照りつけ、汗が止まらない。
「うわ、アイスねーじゃん……」
冷凍庫を開けると、昨日まであったはずのアイスがない。冷蔵庫にジュースもなく落胆しかけたその時、翔は冷蔵庫の奥にあるものを見つけ、手に取る。
透明のカップを軽く揺らすと、プルプルと揺れるクリーム色が液体でもなく固体でもなく、絶妙な柔らかさで、口に入れるととろけることを物語っていた。ふわりと香る、バニラの甘い香り。そういえばいつか食べたプリンも美味かった。
翔は冷蔵庫にあった麦茶を流し込み、それを迎え入れる準備をする。
スプーンを取り出し、掬い上げ、口の中へ。
——そして、事件は起きた。
「お、お前ー! 何を盛った——!」
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