第5話『ハッピーエンド』

「ええ。ルイーゼ嬢の豪華なウェディングドレスは、周囲でも話題になっていたわ。美しいでしょうね……」


 なんとなく窓の外に目を向けた私も、明日の結婚式に合わせて、ドレスを新調した。ユーウェインがここに居るのは、揃って出席する明日の打ち合わせという名目だ。通常なら婚約者でも、私室に通すことはない。


「……ねえ。セシル」


 耳元で低い声で囁かれ、私は驚いた。いつの間にか、ユーウェインが長椅子の隣に腰掛けていて、間近に居たからだ。


「何……ユーウェイン。すごく……近いわ」


 今までにない距離の婚約者に、顔に血が上っていくのを感じた。力の入り切らない手で彼の胸を、押した。


「そろそろ。良いと、思いませんか」


「何が?」


「婚前交渉ですよ。一度、婚約者を替えた後で、俺に決まった後なので。別に初夜を待つまでもない」


 するりと大きな手にデイドレスの上から胸を撫でられ私は目を見開いた。昼日中の明るい私の部屋で、彼はそういう事をしたいらしい。


「ダメよ……だって。子どもが出来たら……」


「……貴女は俺のものだ」


 真剣な彼の言葉が、違和感があるように思えて私は彼の胸に頬を寄せつつ言った。


「私は、貴方の婚約者だわ……どこにも行かないわよ……」


 硬い胸に当てた耳から聞こえる心臓の鼓動は、速い速度で音を刻む。


 あの時、確かに彼に殺されてしまったと思っていた。けど、あれは私を救うためだったと思えば、仕方ないことだったとも。


 リチャードとルイーゼ嬢は、明日愛を誓い合う。そして、これがきっと……私とユーウェインの、ハッピーエンド。



◇◆◇



 これから、城で立場上の仕事があるからとセシルには先に帰って貰った。


 その言葉は、間違ってはいない。あの人には、出来るだけ嘘をつきたくない。誰よりも、愛しているから。


 広い廊下を乱暴な足音をさせて走ってくる大きな音を聞いて、俺は目を細め彼の到着を待った。


 きっと、こうなるだろうと予測はしていた。この結婚式を以て、乙女ゲームはエンディングを迎えるからだ。


 一番簡単なルートの、正ヒーローとのハッピーエンドだ。


 セシルという悪役令嬢は、すぐに引き下がったので、いくつかの恋愛イベントがなくなったのかもしれない。


 だが、好感度が元々高い設定の正ヒーローは重要な選択肢さえ間違わなければ支障はない。ヒロインは、エンディングまで無事辿り着けた訳だ。


 楽しかったはずの恋愛イベントを起こせなかったヒロインは、満足出来なかったかもしれない。それもこれも。セシルを手に入れた俺にとっては、どうでも良い事だが。


 花婿用の豪華な衣装を着用し、パッケージに一番大きく描かれるメインヴィジョアルの王太子は、顔を大きく歪ませていた。彼を待っていた俺を、鋭く睨み付けた。


「ユーウェイン。お前。知っていたな?」


 慌てて彼に付いて走って来た何人かの護衛は、同じく荒い息をして立ち止まった。儀礼用の重い鎧を着ているのに、大変だったことだろう。


「何のことですか?」


「僕があの女に……ルイーゼに、何か操られるような術を掛けられていたことだ」


「さぁ。どうでしょうか」


 素知らぬ顔をして肩を竦めた俺に対し、リチャードは悔しそうにして、ますます顔を歪める。俺は過去の自分の立てていた仮説に、これで確信を得た。


 結婚式でようやくエンディングを迎えたことにより、彼から乙女ゲームのヒロイン役の女の魅了が解けてしまったのだろう。


 だが、諸外国の重鎮を呼び盛大に結婚式をあげて、法的にも結ばれてしまった。世継ぎの問題もあって、王家に離婚は許されていない。


 ここまで来てしまえば、愛があろうがなかろうが。仮面夫婦になろうが、あの女と共に重圧のある王族としての責務を果たすしかない。


 政治的な後ろ盾のない男爵令嬢など、運命的な激しい愛情を失ってしまえば……何の価値も、ない。もうすぐ王位を手に入れるはずの男が行く先は、想像を絶する茨の道だ。


 公爵家で生まれ育ったセシルであれば、妃としての教育や礼儀作法も申し分ない。川を泳ぐ魚のように、貴族との人間関係も上手くやっただろうが。


 もう。何もかもが、手遅れだ。


 時戻りの剣は、実は隠しヒーローである俺の攻略イベントに必要な重要アイテムだった。


 五人のヒーローを攻略した後で冒頭で現れる選択肢を選べば、ヒロインを庇って命を落とした俺を彼女は救うことになる。国宝として宝物庫にあった時戻りの剣で過去へと戻り、何個かの難易度の高いイベントを経て、俺とのエンディングに必要だったアイテムだ。


 時戻りの剣で時を戻るには、その剣によって殺される必要があった。だから、国宝としてでも現在まで残されていたと言える。いくらそういった云われがあっても誰も確信を持って、使えなかったのだろう。


 前世でこのゲームに嵌っていた妹の攻略の進捗をなんとなく聞いていて、そういうゲーム情報だけはたんまり持っていた俺以外は。


 あの時、俺が死んでしまったセシルを追って自刃で命を絶つ前。


 おそらくだが。自作自演をやり過ぎてしまったヒロインのせいで、あの時は悪役令嬢が死を迎える酷いバッドエンドだった。


 彼女が自分が命じたことで亡くなり、ようやく本来の自分に戻れたと思われるリチャードが、ゲーム終了後と共に自分が彼女に対して行った所業を思い出して、悲痛な叫びをあげるなんて。


 前世の記憶もあり、一度、時を戻した経験のある俺一人しか、知らない事のはずだ。


 乙女ゲームは、本日無事にハッピーエンドを迎えこの先の主役の二人がどうなるかなんて、本来このエンディングでは脇役で終わったはずの俺に知る由もない。


 俺が自分を冷酷であるように見せているのは、セシル以外の人間の前だけだ。セシルは、その事実を一生知らなくても良い。


 面倒くさいことは、もう何も。


Fin


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冷酷な処刑人に一目で恋をして、殺されたはずなのに何故か時戻りしたけど、どうしても彼にまた会いたいと願った私を待つ終幕。 待鳥園子 @machidori

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