第4話『手に入れたもの』

 私は予定通りに婚約者リチャードとローランス男爵令嬢が仲良くなっていくのを、ただ何もせずに見守っていた。


 そして、私はリチャードに、ルイーゼ嬢へのやった覚えのない嫌がらせや彼女を危害を加えようとしたという冤罪の責任を取り、大人しく婚約解消に頷くようにと言って来た。


 なんだか、不思議なものだ。


 一度目の時は、私の事を誰より知っているはずなのに、なんでわかってくれないのという怒りが身体の中を占めていた。


 けれど、今は捨てられるとしても何とも思わない。リチャードと彼の隣で怯えた表情を見せつつ気丈に振舞う演技をしているルイーゼ様を前にして、婚約解消をすることを甘んじて受け入れる事にした。


 そして、公爵令嬢である私と、恙なく婚約解消をしたいのなら、王家の影であるユーウェインを王族へと復帰させて自分と婚約させて欲しいという取引条件を聞いて、リチャードは渋々ながら頷いた。


 ユーウェインは王家にとって便利な存在だったと思うし、言えないような汚い仕事もしていたはずだ。これから国を背負わねばならない王太子のリチャードにとっては、彼が自分の好きに使えなくなってしまうことは痛かったと思う。


 それもこれも、愛しいルイーゼ様と結婚するため。どうぞ、愛する二人は何の曇りもなく幸せになって欲しい。


 私も、同じようにそうするので。


 これまでに隠された存在であったユーウェインは、前王弟の実父が当主である公爵家へ帰ることになった。


 いきなり社交界へと現れたいなかったはずの公爵家子息に、国の貴族間で大きな騒ぎになっていたものだった。


 流石、元王族の威厳を見せる彼の父は「幼い頃から身体が弱かったので、空気の良い異国で育てました」と、余裕綽々の顔で嘘をついていた。


 彼は愛する息子のユーウェインを甥のリチャードのために取られ、影として育てることには納得はしていなかった。だから、奪還するきっかけとなった私に感謝してくれている。


 そして、従兄弟にあたる王太子の代打としてユーウェインが婚約することになった私の部屋に居て寛ぐことも、公爵令息として立派に仕事をしている彼にとっては当然の事で。


「セシル。本当に美しい」


「もう……何度目? 誉め言葉の価値が下がってしまうから、止めてくれないかしら」


 いつもいつも同じように言われているけど、彼のような美形に甘い言葉を囁かれていると思うと、落ち着かないし恥ずかしい。


 育ちが良い正統派のリチャードとは違って、彼の影であったユーウェインは例えようもない色気があった。


「今日は、もう言いましたっけ? セシルを褒めるのは、これが初回だと思うんですけど」


「いつもいつも……そうして褒められていると、それが当たり前になってしまうわ。私に飽きてしまったら、どうするの?」


 悲しい哉。恋は永遠ではないし、熱い激情が冷めてしまえば灰も残さない焼野原。お熱い二人が、憎み合ったり完全に無関心になったり。貴族の間では良くあることだった。


「それが当たり前になって、僕がいないと物足りないと思ってくれたらと。愛する人への褒め言葉を惜しむような、下衆にはなりたくありません」


 彼は血の繋がりのある従兄弟なだけあって、リチャードには良く似ていた。


 けれど、初対面の時にはゾッとするような冷たい目だったものだけど、今では他人だったんじゃないかと疑ってしまうほどの火傷してしまいそうな熱い眼差し。


「最初会った印象とは、正反対ね。ユーウェイン」


「……最初会った時は、どうでしたか」


「あの時は、もっと恐ろしくて冷酷な人に思えたわ。無慈悲に……一息に、私を殺してしまったもの」


 もちろん。それは、私を救うためだったと、今ではわかっている。首を傾げて揶揄うように言った私の言葉を聞いて、ユーウェインは肩を竦めた。


「あれは、どうしても時を遡ぼる必要性があったからです。あそこまで来てしまうと、バッドエンドを回避するには、時戻りの剣を使うしかなかった。それに、僕は……いや。そういえば、結婚式は明日でしたね」


 わざとらしく、話題を変えた。謎を多く持つ彼はたまにこういう時があるので、私も追及せず流した。


 王太子リチャードとローランス男爵令嬢の結婚式は、明日だ。


 私は彼から婚約解消されたものの、表向きは運命的に愛する女性と出会ってしまったリチャードを思い、身を引いたことになっている。


 そして、陛下としても位の高い公爵家のユーウェインを復帰させて私の希望通りに彼と婚約させることで、息子の身勝手な振る舞いの詫びをしたという訳。


 だから、婚約解消に伴う、王家とのしこりなどは私とユーウェインの実家双方共になかった。


 元婚約者と言えど結婚式に出席するのも、別に支障はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る