第3話『本心』

「その……ゲームっていうものが、私には到底理解は出来ないけど……ユーウェインは私を救うために、凄く苦労をしてくれたのね。それは、わかったわ」


「……殺した事を、許して欲しいとは、言いません。もし、ゲームの開始を回避するのなら。あのヒロインが、やってくる前の今くらいなんです。もう、この地を逃げるしかない。だから俺と、どうか約束してください」


「何を?」


「幸せになることを努力し続け決して諦めないと、そう言ってください。一度死んだはずの人間が、何もかもをなくして、人生をやり直すんです。並大抵のことでは、きかない。もう、また選択肢に失敗しても、時は戻せないですが……」


 どこか悔いる様子を見せる彼に、私は首を横に振った。


「私は、何も失敗してないわ……やっぱり。あの時から、おかしいのかしら。殺されたはずの、貴方に会いたくて……だから、これは成功したのよ」


「一体、何を……」


 今度は、逆に彼が困惑しているようだった。私の言葉を理解出来ず、眉を顰めている。


「私は……信じられないことに。自分を殺しに来た貴方に、恋をしたの。だから、もう一度会うために、こうして調べていた。だから、時を戻して貰えて。今こうして、会えたのなら成功よ」


「俺は、貴女を殺したんですが……」


「ふふっ……そうね。苦しむこともなく、一瞬だったわ。自分が一度死んだなんて、今も思えないくらいよ。腕の良い処刑人に当たって、運が良かった」


 肩を竦めて彼に言葉を返した私に、ユーウェインは理解できないと右手を頭に置いた。


「貴女が恋をしていたのは、リチャードでしょう? だから、婚約解消の申し出も断って……」


「いいえ。あれは、恋ではなかったわ。ただの、一度手に入れたと思ったものへ対する、下らない妄執よ。けど、貴方への思いは全く違った。殺されたというのに、もう一度会いたいと思うほどに」


「俺は……特別に訓練された王家の影で……表に出られるような身分では、ありません。きっと、後悔をしますよ」


 王家の血を引く者だけど、いなかった事にされている人に違いない。光の道を歩く、誰かのために。誰かは、闇の仕事に手を染める定め。


「私と、一緒よ。私も……またルイーゼ様が学院に入学すれば、同じことの繰り返しだもの。でも、そうだとしても……貴方に会いたかった」


 それは、本心からの気持ちだった。


 ユーウェインを真っ直ぐに見つめれば、ゆっくりとこちらへと近付いて来る。美形の王子として近隣諸国に名高いリチャードと良く似た……美貌の王家の影。


「実は、俺は攻略対象という……本来ならば、ヒロインに惚れている側のキャラなんですよ。だからこそ、悪役令嬢の貴女を好きになったことに気が付くのが遅れた。この世界に生まれ変わって。ずっとそれが、不思議だったんですが……」


「こうりゃくたいしょう?」


 意味のわからない単語に困惑していると、手を伸ばせばすぐに触れられるほどの位置に居て、彼は溜め息をついて笑った。


「もしかしたら……貴女も、記憶を取り戻してないだけで。俺と同じように転生者の一人なのかもしれません。悪役令嬢のセシルは、もっと高慢な性格で嫌な女だったはずでした。俺が長い期間かけてずっと観察していても、嫌なところなど何一つ見つからなかった。素直で可愛くてリチャードが何故あちらを選んだのか。理解に苦しむ……ええ。貴女こそが、俺のヒロイン役に相応しい」


 ここは薄暗く、視界が悪い。だから、彼は私の顔が赤くなっていることには気が付かないはずだ。


 もしかしたら、このまま上手くいけばユーウェインは、私の想いに応えてくれるかもしれない。けれど、私は近い将来に捨てられるとは言え、現在は王太子のリチャードの婚約者でブラッドフォード公爵令嬢だった。


「ねえ……待って。でも、貴方が私を連れて、ここから逃げれば。きっと、多くの優秀な追手がかかるわ。王家の影が、王太子妃となる女性を攫うのよ。王家の威信を掛けて、必ず探し出すでしょう。貴方が一際強かったとしても、多勢に無勢。それに、私にはとても追手とは戦えない。人を一人守りながら。長い距離を逃げ切るなんて、とても現実的ではないわ」


 彼と私の逃避行は、危険極まりない道行きになることだろう。


 恋に浮かれたままで、幸せに生きて死んでいくのも、それはそれで甘美な結末かもしれない。けど、やり直しの人生の中で、日陰の身分だったユーウェインと幸せになる方法を選びたかった。


「貴方の言い分には、一理ありますね。何か対案が?」


「ええ」


 頷いた私を見て、彼は満足そうに微笑んだ。

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