第10話 それから

これは、めでたしめでたしの後の話。


***


あの日の朝、俺は成仏したとばかり思っていたりかと再会し、嬉しさで舞い上がっていた。

でも、冷静になって考えると、女の子が健全な男の部屋に上がり込んでいるという、とてもよろしくない状況に気がついた。


「嫁入り前の女の子が、男の部屋に上がり込んじゃいけません!」


とんでもなく遅い説教だが、俺の理性が働いているうちに帰ってもらわないといけない。


だが。


「え?だってずっと一緒にいたのに?いまさらそんなこと言うの?」

「は?」


危機感のかけらもないりかの言葉に、俺は呆れる。


「待て、それは幽霊だった時の話だろ!今は生身の人間なんだから、駄目に決まってるだろ!」

「ええー、せっかく来たのに」

「そういうのは段階を踏まないうちにするもんじゃない!わかったらさっさと帰る!」


なんだか、娘に説教している親父の気分だ。

りかは渋々ではあるが、やっと納得してくれた。


「せめて駅まで送るよ。着替えてくるからちょっと待ってて」


俺はりかに見えないよう洗面所で着替え、それからりかと共に家を出た。

2人並んで歩いていると、りかが話しかけてきた。


「玲斗くん……ありがとね」

「急にどうした?」

「……あの時、玲斗くんが、私の演技で泣いてくれたの見た時、諦めたくないって思ったんだ。絶対に、もう一回、ちゃんと声優としてアニメに出てるところを見せたいって」

「うん」

「多分、そう思ったから、自分の体に戻って、目を覚ますことができたんだと思うの。そのきっかけを作ったのは玲斗くんだから……本当にありがとう」

「……どう、いたしまして」


俺の行動で、りかが前向きになれたんだ。そう思うと、胸が熱くなる。


ふと、りかがいる側の俺の手に、何かが触れた。

視線を向けると、りかの手が触れていた。


「……段階、踏めばいいんでしょ?」


そう言うと、りかは俺の手を握った。


「なっ……」


想定外の出来事に、俺は立ち止まったまま固まってしまう。

りかは、そんな俺に苦笑する。


「嫌だったら、ふり解いていいよ」

「い……嫌じゃないけど……」


俺がそう言うと、りかは嬉しそうな顔で、ぎゅっと手を握ってくる。

俺は、握り返す勇気もなく、ただされるがまま。


「さ、行こ?」


そう言うとりかは、俺の手を引いて歩き出した。


「私、結構ぐいぐい行くタイプだから、覚悟してね!」


りかは、俺を振り返りながらそう言うと、楽しそうに笑った。


「お手柔らかに頼みます……」


俺は、そう返すのが精一杯だった。


***


それからりかは、オーディションを受けまくり、ちょっとした役でアニメに出るようにまでなっていた。

主役までの道のりはまだ遠そうだが、諦めず頑張る!と前向きだ。


俺は、相変わらず仕事に忙殺され、家には寝に帰るだけ……といった毎日を送っている。

それでも、りかが出るアニメはできるだけリアルタイムで見るようにはしている。

りかの頑張りを見るたびに、俺はかなり励まされているのだ。……本人には、恥ずかしくて言えないが。


2人の関係は、まだ友達の域を出てはいない……と思っているのは俺だけのようで、りかは相変わらず、ぐいぐいと来る。

そろそろ陥落してしまうんだろうな……そう思いながら俺は、りかに振り回される日々を送るのだった。

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見えない彼女のモーニングコール じぇいそんむらた @rikatyuntyun

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