12ページ,人格解離手術

───凄く難しい術式と膨大な<エーテル>……


 常時発動している〈読心術〉を介してキャルメルの心境が入り込んでくる。


 それと同時に白い魔力の粒子が周りを漂い術式に吸い込まれる。


───綺麗……


 瞬間、術式という名の砲塔がうねりをあげ、ワンコロに向かって走り出す。


「『魔滅砲塔陣白光弾グラージミラスハウ』」


 魔を滅する白光がワンコロに向かい、肉体の細胞ですら破壊する白光をワンコロが必死に抵抗する。


 だが、流石に大罪魔物クルフィーだ。


 普通の魔物ならここで跡形もなく抹消しているが、ありとあらゆる<セレマ>を使い、細胞という細胞の崩壊を防ぐ。


「おいおい。もうそろそろ我慢なんかやめていいんだぞ?」


「グルル……」


 喉を鳴らし、ひたすら耐えるワンコロ。あそこはきっと数億度を超える高温になっているのだろう。


 それを何十秒間も耐えているのだ。十分、というか引くぐらい凄い。


「はあ……」


 <エーテル>の供給を止めると、それに応じて『魔滅砲塔陣白光弾グラージミラスハウ』も止まる。


「ど、どうしたの?」


 不可解そうにキャルメルは尋ねる。


 その問いに僕は答える。


「このままいって先に折れるのは僕だ。あと数分すれば<エーテル>が切れ、僕が気絶する。」


「それでもあと数分はもつのね……」


 十分凄いわと言わんばかりの視線を飛ばしてくる。まあ、僕が<エーテル>切れになることなんてないけど……相手は七つの大罪。あそこまで存在が大きいと、私の方が不利だ。


「さあて、と」


 僕は振り返り、ボロボロになったワンコロの方を見据える。


「ク、クウン……」


 背を低くし同情の余地を見出そうとしてくるワンコロ。


「媚びるな」


 それでも我は冷徹に同情もせずに淡々とツッコむ。


「でも、可哀想じゃない?この子」


 キャルメルがヒョコッと僕の後ろから現れ、唐突に告げる。


「……」


「なんでそんな嫌な顔するの⁉」


 おっと嫌な顔してたか。にしても、なんだって? この犬を逃がす?


 いやー無理無理無理無理。俺、無理。コイツトイタクナイ。というより、なんかコイツの策に嵌っている気がしてやまない。もう少し……綺麗にならないと。


 ぶんぶんと頭を左右に振る。


「じゃあこの子を飼うってのは?」


 飼う……飼う、か。なるほどな。


「お前が面倒見るなら……」


「うん! 決まりだね!」


 ほんと元気な奴だ。こっちが疲れる。


「じゃあ飼うとなれば一つやることがある」


 まずは、『完全完治回復パーフェクトヒール』で一つだった頭を三つに戻す。


「ワン? ワン!」


 よし、完全に犬になったわけだが……まだ不純物が残っている。


「お前小さくなれるか?」


「ガ!」


 その言葉に応えると同時にシュルシュルと犬が縮小されていく。上を見上げるほどの巨体が、今では柴犬ぐらいの大きさをしている。


「よし」


「なにをするの?」


「ん? ただコイツの中にいる暴食の悪魔ベルゼブブを取り出すだけだ」


「大罪の悪魔を取り出すの⁉」


 しかも"ただ"って……、と付け足すキャルメル。


 まあ驚くのも無理はないな。そもそも大罪の悪魔は、ほんとに"生きる伝説"で手を出し、ちょっかいをかけるのは御法度という暗黙のルールがある。


 というより、ちょっかいでも出したら殺されるからな。


 だから人は悪魔という存在には手をださない。


 それが人の、人という種族の限界位置だ。


 私はその場でストンっと座り〈トアノレス〉で作られた服の袖を捲る。


 さあて、と。


「大罪解離魂手術を始める」


 フウと一息吐き開始する。


 先ずは『人格解離肉体形成依代メタクルトフォーターライスト』を発動させる。


 足から上へと移動するように、二つの人間をモチーフとした肉体が形成される。


 形成した二つの肉体に元々の三頭犬ケルベロスであるワンコロと暴食の悪魔ベルゼブブである悪魔の人格を魂ごと二つに割け、肉体へ宿す。


 二つの肉体は二つの人格に沿った肉体へと変化する。


 それと同時に僕は『着服形成ラセスト』で二人に合った服を着させる。


 元ケルベロスの人格が入り込んだ肉体は茶髪に青く澄んだ純粋な獣の目をしている。随分と可愛らしい美少年になったようだな。これが俗にいう犬系男子というやつか(?)


「ガア~」


 純白な笑顔をこちらに見せてくる。どうやらこっちが本当のコイツの姿だったらしい。悪魔が入り込み、性格が改変されたようだな。


 というより……無理矢理、大罪解離魂手術をした弊害がでている。思ったより幼い。本当はこんな外見じゃないはずだ。


 逆にベルゼブブが入り込んだ肉体を見てみる。こちらは少し時間がかかるようで今、ようやく肉体が変化するみたいだ。


 ベルゼブブの肉体は光すら反射しない漆黒の黒髪黒目。髪はボサボサだ。どこかよどんでいる魔眼をしている。


 一応、なにをしでかすか分からないベルゼブブの人格を移した肉体の方は『可視化力拘束ガギャマルード』にて出てくる糸で拘束する。


「ぐっ……!」


 ベルゼブブが悲痛の声を漏らす。


 さて次にやることはケルベロスの魂の修復だ。


 何故、悪魔の依り代にされると廃人になるかというと時間が経過するごとに、魂が欠落していき脳から機能が低下していき、やがて体全体へと広がるからだ。


 悪魔という巨大な存在がある日、急に入り込むのだ。自分ならまだしも、"この世界じゃない者"だ。耐えられないのも無理はない。


 こいつは十分頑張ったほうだ。日は浅いといえよくここまで自我が残ってたもんだ。


 ケルベロス? の頭を撫でる。


 そしてそのまま『魂素再生回復ノロサイタン』で魂を再生させる。


「フガー……」


 癒された顔で回復されていく。そんな顔されたらこちらもヤル気が出てくる。


「か、可愛い顔するわね……」


 キャルメルが照れた顔でケルベロスを見つめる。オネショタでも作ろうかな?


「さてえと。ベルゼブブ君?」


 首を捻りベルゼブブ悪魔を冷たい目で見つめる。笑顔で笑ってるんだがな。目は笑ってないというあれだ。


 正面に向かい合い奴に向かって話す。


「ここではーあれだ。少し話しにくいからな。お前の領域に連れてってくれ」


 今まで閉ざしていた口をようやく開ける。しかも驚きの表情で。


「……どうしてそのことをお前が知っている」


 俺が言っているのは、大罪の悪魔が使える『空間極致魔法』『大罪領域結界メーザーライサルト』のことだ。


「どうでもいいだろ。それよりさっさと連れていけ。連れて行かないと俺の領域に連れて行くぞ。それは嫌だろう?」


「お前如きが我らの領域を司れるわけなかろう」


 あまりに愚か、と一息吐き、次にパチンと指を弾く。


 ───その刹那。


 僕とベルゼブブの周りは黒を包みだし、やがて別の空間へと移動される。


「………………な……何故だ…………?」


 ベルゼブブは絶句した。そう思うのも当然だろう。大罪の悪魔じゃない奴が『大罪領域結界メーザーライサルト』を使ったのだ。驚くのも無理はない。


 だが、考えがまとまったかのように、閃いた顔をした。


「まさか、貴様!大罪の悪魔か!だとするのなら、なんの罪を背負っている!それに何故、他の大罪の悪魔を邪魔するのだ!もしや、背罪はいざいの悪魔か⁉」


 自身の科せられた罪から背き、生き物を救う。善意の神紛いのことをする大罪の悪魔、背罪の悪魔。


 過去にもいたが、その前例は極めて少ない。


「別に俺は大罪の悪魔なんて立派な者じゃあない。俺は、ただのしがない■■■■ホイヒェライだよ」


「⁉」


 驚きの表情を見せる。それはそうだろうな。俺みたいな事例、他にいないだろうからな。


「……大罪の悪魔よりも凄いものではないか……しかしまあ、なるほど、なるほど……神に仇名す者か。それなら、この規格外さは頷ける。それならなんだ?が大罪の悪魔達を集め、神を打倒しようとしているのか? 未だかつて誰も成しえなかった所業を───」


「それこそ、そんなことしようなんて思ってないよ。でも……」


 そう言いかけて僕はふと、止めた。


「でも?なんだ?」


「いや、なんでもない。でも、取り敢えず、これで私の実力が分かっただろう? 早くお前の領域を出して見せろよ」


 催促をかけるよう促す。


「そんなに知られたくないことなのかね……まあいい。あんたの言う通りにする」


 ベルゼブブは構え、術式を描く。それは私のように一瞬ではなく数十秒もかかった。


 やがてできた幾何学模様の術式は空を覆う数を成し、淡く光り輝いていた。


「───『大罪領域結界メーザーライサルト』〈暴食の胃〉」


 ベルゼブブが術式に魔力を込め、魔法を発動する。


 静寂がしばらく続いた。集中しているのだろう。それほど、この魔法は困難だ。

 

 元々悪魔は、魔法に長けている。それは、術式なんか要らぬほどに。


 だけど、この『大罪領域結界メーザーライサルト』は悪魔でさえも術式を描かないといかない代物だ。


 大罪の悪魔が扱える禍々しい魔法だからこそできる所業だ。


 神や天使などが使えるものではない。


 時間が過ぎ、やがて白く何もなかった空間が、瞬く間に辺り一面、不気味な空間へと変わっていた。

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