一冊目 〈迷宮姫の覚醒〉

1ページ,最強の存在、顕現。

───一日目? 迷宮ダンジョンの最下層、■■の■■ラ※●・◎▼◆シ≧───


 ……迷宮ダンジョンの奈落の底のさらに底。あったとさえ言われることのない人類未開拓地に……


 『それ』は純粋な白郡色の目を開ける。


 『それ』の視界に広がるのは、古代龍神獣ウァラドラゴン氷麗狼神獣フェンリルなどの一匹いるだけで国が一個たやすく滅ぶ滅亡級の魔物がその空間を埋め尽くしていた。

 

 魔物たちは『それ』を見るや否や親の仇のように襲い掛かってくる。であれば、こんな絶望的状況、考える時間も無く魂すら塵と化するだろう。


 だが───フッという音と同時に、その宿命は悉く滅ぼされた。


 そして、先程微かにしたであろう音と共に恐ろしい魔物は消えていた。目を凝らせば消えた魔物であろう塵がキラキラと辺りにある蝋燭の光を反射して輝いていた。


「……」


 滅亡級の魔物を大量に一掃したというありもしない御伽噺のようなことを成し遂げたはずが、そんなことは気にしない、といった風に『それ』は自分のサラサラした真っ白の髪を触った。


 その髪が目障りだと思ったのか、掌の上に『鎌風切カマイタチ』の陣をえがき<エーテル>を込め───髪の毛の近くに放った。


 髪の毛はズドン!!という重低音を鳴らし、決して傷をつけることができないはずの迷宮ダンジョンの地面に沈んだ。<エーテル>を全身に纏わせている『それ』はありえない力を手に入れていた。


 『それ』の髪型はさっきよりも随分とボーイッシュになったが、顔が美少女なので女なのか男なのか分からない容姿をしている。その容姿も、生物離れしているといえよう。


「……〈召喚〉《トアノレス》……『複製』〚服一式状態〛……」


 うつろな眼で口を開いたその<セレマ>で生まれたままの姿をした『それ』の身なりは整えられ、姿も立派なものとなった。


「……ステータスオープン」


 次に特殊な言葉を唱える。世界は『それ』の言葉に答え、目の前に青いプレート板が出てくる。ゆくゆくと時間が続くまで、ステータスプレートをいじり、本来書かれていたステータスプレートが書き換えられてゆく。


 暫くして書き終えたステータスプレートは半透明に、青々と、『それ』の目の前に浮遊している。


「ステータス〈スキル〉表示」


 淡々と、機械のようにステータスプレートは『それ』の言われるがままに変化し、そこにはこのように刻まれていた───

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 〈武術〉Lv6 〈聖魔術〉Lv4   


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……」


 『それ』はしばらくステータスを眺め、やがて眺めるのが飽きたのかステータスプレートはシュンとその場から忽然と消えた。


 『それ』はその場から動かなくなりボケーっと呆けていると、なにかを感じ取ったかのように足元に『転移レザス』の陣を描く。それが発動されると、まるでそこにはなかったかのように痕跡が消えた。



***

───一日目、アサレル森林、騎士団長カムトリエ・オーバーン───


 私の名は、カムトリエ・オーバーン。カイメルス王国キサラギ聖騎士団長をやっている。最近、我が国の近隣の森、アサレル森林に災害級〈Bランク〉の亜種竜ワイバーンが暴れまくっているという依頼が殺到している。


 そのため、我らがキサラギ聖騎士が討伐することになった。決して容易ではないが、命が下されたのなら、それを実行するのが騎士道というもの。


 そして、我らは今、アサレル森林の入り口の目の前にいる。


 私は皆を鼓舞するため、大きな声を張り上げ、言う。


「我ら! キサラギ聖騎士団は! 騎士神、ウェグヌブト様の意向にのっとり! 悪しき魔物! 亜種竜ワイバーンを討伐する! 皆よ! 心してかかるぞ!」


「「「おおおおおおお!!!」」」


 私の呼びかけに皆も声を上げる。

 だが───


「グアアアアアアアアアア!!!!!」


 突如、なにものかが咆哮を上げる。


 先程、私の呼びかけに答えた他の騎士も、私の後方に視線をむけると、顔面を恐怖の色に変えていた。


 私が恐る恐る後ろを向くと……そこに居たのは、群青色の鱗を持った忌まわしき竜がいた。悠然と、泰然ともいえるその立ち姿に、少なからず恐怖を覚える。


 これは、亜種竜ワイバーンの中でも屈指の実力を誇るブルーワイバーンと言われる種だ。


 ……絶望的だ。なにしろ急すぎて軍の態勢も崩れている。そして一番最悪なのはブルーワイバーンが最初に放つ魔法だ。


 奴が放つ<セレマ>は『水系最上級魔法』『高圧縮水圧フェイルサール』。


 私たちが万全の状態で全力で結界聖法である『限界結界テイラー』に聖力を込めればなんとか防げる威力だ。


 しかも『限界結界テイラー』は発動に最速で3秒だ。それに比べ『高圧縮水圧フェイサール』は発動に2秒だ。どう足掻いても無理だ。


 『不可能』。そんな言葉が頭を埋め尽くす。しかし、私は聖騎士団長だ。最後まで諦めてはならない。そんな気持ちが私を再び戦場へとかけ戻される。


 考えはこうだ。


 ギリギリまで引き付け〈スキル〉〈パリィ〉で『高圧縮水圧フェイサール』を跳ね返す。


 〈パリィ〉は自分の技量次第だが、だいたい相手の攻撃を70%カットし、30%相手に跳ね返す。まあ、そんなことで『高圧縮水圧フェイサール』を耐えれるかといったら無理なわけなのだが。しかし、ここで相手共々道連れにしなければ私達の誇りが立たない。


 決して、勝算など見いだせない。しかし、後には引けないのだ。


 私はすぐさま剣を抜く。ワイバーンの魔法が出てくる口をよく見る。一瞬だ。


 たった一瞬で勝負が決まる。殺すか。殺されるか。


 皆も、私が剣を抜いたことで察しがついたのだろう。覚悟の目をしている。


 私は、目を瞑り感覚を研ぎ澄ます。目を開けていったってどうせ見えない。無駄だ。


 この間、実に1秒。


 さあ、準備は整った。いつ来る……


 そう思ったその刹那。


 奴は『高圧縮水圧フェイサール』放った! そう直感した。そしてその直感を信じて目を開け〈パリィ〉を発動させ……


 ────────────────ドン!!!!!!!!!


 その刹那、凄まじい旋風が螺旋を続け、雲一つすら残さない威力の衝撃が辺りを走った。大気が震え、地面には亀裂が一瞬にして形成され、それを具現するならば、そう。天変地異が相応しい言葉だった。


 何が起きた? それが率直な意見だった。


 皆、個人で『限界結界テイラー』を発動させ、風を凌ぐ。だが、皆も私と同じに何が起きたのか分からない顔をしていた。


 やがて風が晴れ、クレーターができていた。そして、そこには一人の……子供が立っていた。


 誰だ?と混乱したが、ここは聖騎士団長として冷静を装う。


「そ、そなたは、だれだ?」


 だが、そんな気持ちとは裏腹に、動揺が紛らわせていなかった。声が震える。だが、そんなことは関係もなしに目の前にいる人は淡々という。


「……クライシス」


 そんな一言でさえ、圧倒されている気がした。そのことを頭の片隅に残しつつ、再度質問を投げかける。


「ブルーワイバーンは───」


「ブルーワイバーンはもういない」


 心でも読めるのか、私の質問が終わる前にクライシス殿は答えた。


「い、いない?」


「うん。そう。じゃあ、またどこかで」


「ま、待ってくれ!」


 クライシス殿がどこか行こうとするが、私は止める。


 その言葉に反応してくれたのか、クライシス殿はゆっくりとこちらを振り向く。


 そんなクライシス殿に心の中で感謝を述べつつ、私は言葉を発す。


「わ、私たちと、一緒に王国へ来てくれないか?」


「え?」


 急に言われた意味も分からない一言で、クライシス殿は素っ頓狂な声を出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る