ヴァンパイアワールド

宮野 碧

第1話吸血鬼

皆は、吸血鬼という非科学的な生物を信じているか?

僕こと血我白ヨルは信じちゃいない。だってゲームやテレビ、ラジオといったものがある世界だ。今頃そんなファンタジーあるわけがない。

そんな世の中真っ只中登校している時だ。

グチャ、と肉が潰れるような、牙が肉に突き刺さるような不快音がした。

その不快音を認知したその時、想像を絶する痛みが左肩に奔る。

「あああああ!!」

悲鳴をあげる、だがここは路地裏。学校への道をショートカットしようとした事が裏目に出ている。

恐る恐る左肩を見る、そこには黒髪の幼女が噛み付いていた。

「こいつ!僕の血を吸ってやがるのか!?」

まるで吸血鬼のように僕の左肩に齧りついている。シャツが汚れていない辺り吸い続けているらしい。

「おいこら!離せ!」

乱暴に幼女を引き剥がそうと引っ張るがビクともしない。

しばらく抵抗をし続けた甲斐があったのか幼女が僕から離れる。急いで傷口を押さえようとするがもう血は出ていない。

「…はあ、はあ。あいつは!?」

傷口から目を離し幼女の方を向くも、もう幼女の姿は無かった。

アドレナリンが大量放出されまともに働かない頭を回転させる。このまま学校に行くわけにはいかない、家に帰ろう。

傷口に無理矢理シャツを被せて隠す、幸いなのは血が付着していないこと、最悪なのはあの吸血鬼のような幼女に襲われたことだ。

痛みを必死に堪え路地裏を出る。ここから家は近い、少しの我慢と自分に言い聞かせる。

住宅街の道をのそのそと進む。

家に辿り着いた、ポケットから鍵を取り出しおぼつかない手で玄関の鍵を開ける。

考えていなかったが家族は各々学校、仕事に出掛けていた。

最早立つことも出来ず靴を脱ぎ捨て這いつくばって自分の部屋を目指す。みっともなくても早くベッドて横になりたかった。

「うああ、あ、あ」

部屋の扉を喘ぎながらも立ち上がり開ける。扉が開くと同時にベッドに向かって倒れ込んだ。

今思えば思い出したくもない記憶だ。

「……っぎゃああああ!!」

安心したのも束の間。身体の内側を棒で掻き回され焼けるような痛みが全身を襲った。

これはどう考えてもあの幼女のせいだ。

頭に浮かぶのは幼女への恨みや憎しみ、そして痛みばかりだ。

気絶してしまえたのなら、どれだけ楽だっただろう。いっそ死んでしまいたいとも思える。

「フー、フー…ぐあああああ!!」

何とか呼吸を整えた瞬間、さらなる痛みが奔る。

そんな状況でもくだらないことばかり考える僕の頭は、近所迷惑だなといった事が浮かんだ。

床に散らばったハンカチを掴み噛む。

「ウウ!フー、フー、ンンン!!」

目からは涙が、鼻からは鼻水が、口からは唾液と狂ったように出る激しい息が溢れ返る。

ハンカチが今にも噛み切れそうな程顎に力を込める。最早無意識とも言えた。

身体を捻らせ暴れ回る、机の上に乗せられた紙は四散しシーツはぐちゃぐちゃ、僕の大事なえっちな本も床に落ちている。しかし僕の意識はそんなことに向けられる余裕など無い。

実際は数分、もしかしたら数十秒だったかもしれない数年にも感じる出来事、痛みが終わった。

震えながらも身体を動かし立ち上がる。痛みは何もなかったかのように名残も無ければ後遺症のような事も無い。

「僕がやったもことだろうが信じがたいな」

比較的片付けられた部屋だったのだが、今や荒れ果てている。

チラっと鏡が視界の端に入る。

「汚いな」

唾液や鼻水でぐしょぐしょになった僕の顔、我ながら汚い。

開けっ放しのドアを出て洗面台に向かう。顔が気持ち悪くて仕方がない。

蛇口に水を出して顔を洗う、5回ほどすると綺麗になった。

「…え?」

顔の綺麗具合を確認していた時、気付いてしまった。

僕の口に動物のような牙があったのだ。

具体的に言うと他の歯の1.5倍の長さになった八重歯だ。しかも先端が鋭利に尖っている。

そう、吸血鬼のように。血を吸うために必要な牙のように。

声も出ず水を出したままなのにも関わらず呆然としてしまう。

僕は昔とあるB級映画で吸血鬼に噛まれるとその人もまた吸血鬼になるものを見たことがある。

今僕の頭はそれと全く同じ考えをしていた。

幼女は吸血鬼で、噛まれた僕も同じようになってしまったのではないか、と。

水を出したまま再び自室に駆け戻る、たしかあの本があったはず。

「…やっぱりあった」

本とは吸血鬼大全、吸血鬼の特徴などが記されてある。昔買っておいたのが功をなした。

震えるてでページを捲っていく、序盤は前置き、吸血鬼については中盤からだったはず。

見つけた。

鬼の勢いで文字を読む、テスト週間の時よりも必死に。

「吸血鬼に噛まれると吸血鬼になる可能性がある」

「吸血鬼になるには地獄のような痛みが伴う」

最初のページでも確信が持てる程だった、なにせ症状が完全に一致していたのだから。

「痛みは細胞を吸血鬼の物に変化させる際に生じるもの」

動揺で息遣いが荒くなる。

次のページを開く。

「吸血鬼は人間の何倍も身体が丈夫なので刃物などで傷付けることは困難」

「祈りが込められた金属、銀の弾丸、聖水、十字架、日光だけが傷付けることが出来る」

「例外は吸血鬼による攻撃、人間が人間を殺せるように吸血鬼も然り」

「吸血鬼は人間の食物を食べれない、味覚が変化しているため血以外美味しく感じない」

限界に到達し本が手から滑り落ちる、心臓は早鐘を打ち足は震え頭に血が上る。

一筋の希望に賭けてリビングに走り出す。

冷蔵庫を開きおやつにしようと思っていたドーナツに齧り付く。

「んぐっ!…かはっ!」

本来なら甘いはずなのだがドーナツは土のような食感に感じ味は腐肉のようだ。

有り得ない、その一心でサンドイッチ、ハム、牛乳を胃の中に無理矢理にでも流し込む。

「ごくっ、はあ、はあ…おえええ!」

一度は飲み込んだのだがすぐに吐き出す。

「有り得ない…僕は人間だ…」

ふらふらと立ち上がる、その時一つの希望が浮かんだ。

「最初からこうすればよかったんだ」

包丁を取り出しシャツの裾を捲る、刃物じゃ傷付けることは出来ないんだろ?

「くっ…うわああああ!」

雄叫びをあげて包丁を突き刺す、血が溢れ激しい痛みが僕を襲った、

…はずだった。

「なんでだよ…何で傷一つつかないんだよ!」

包丁は弾かれ僕の身体を貫いてはいなかった。

希望は絶望に変わり包丁を乱暴に投げ捨てて駆け出す。

それは勿論自室に向かって。

「吸血鬼大全には…まだ続きがあった。戻る方法も…!」

希望が無くなればどんなにか細い光でも縋ってしまうのは人間の性なのか、頭ではとっくに理解していても気付かないフリをして大全を開く。

「吸血鬼は身体の能力が人間より優れている…ここじゃない!」

走る速度が噛まれる前の倍以上だったなんて気の所為だ。

パラパラとページを捲っていき最後のページに求めていたものはあった。

「吸血鬼になったものが人間に戻る方法はない」

小さく、ただしページの真ん中にそう記されてあった。

「あ…ああ……」

うめき声をあげた途端に膝から崩れ落ちる。

希望なんて最初から無かった、分かってた。それでも現実を直視していなかった。

嫌でも見せられる現実に絶望していた。

絶望は体中に染み渡り上昇していた体温も冷水のように冷たくなっていた。

そのおかげか頭が回りリビングを片付けなくてはと思った。

いや、何かしないと正気を保てないからかも知れない。

さっきとは対象的にゆったりとした足取りでリビングに向かう。

「酷い有様だな」

特にっていうか冷蔵庫周りが酷い、牛乳はぶち撒けられてサンドイッチはバラバラ、ハムは歯型がついたまま床に放り出させれいる。

「全部ゴミ箱…ってわけにもいかないか」 

確実に家族に怪しまれる。とくに妹達はしつこく聞いてくる気がする、確信がある。

どこからともなく袋を取り出し散乱した食物を詰める。

牛乳も拭き終わり雑巾も袋に詰めて…このゴミの処理どうしよう。

部屋に溜めておいてゴミの日にでも捨てるか。

今日は学校を休もう、とてもじゃないが行ける精神状態ではない。

ゴミ袋と共に自室に戻る、何往復目だこれ。

ゴミ袋をベッドの下に押しやり大全と共にベッドに倒れ込む。

不思議なことにこの大全は異常なほど吸血鬼について詳しく書かれていた。読む価値はある。

流し読みだけど吸血鬼について分かったことがあった。

「吸血鬼には能力がある」

「血塊、血を操ることが出来る」

「操闇、闇を操ることが出来る」

「翼、コウモリのような羽根がある」

「再生、治癒能力が桁違いなだけでなく血を接種すると身体が再生する」

「暗視、暗闇が見える」

吸血鬼と言ったら暗視と翼は代名詞だが他の能力については初耳だ、僕も使えるのだろうか。

再びパラパラと捲る。また気になるものを見つけた。

「吸血鬼は瞳が紅い」

ルビーのような瞳らしい、鏡を確認するも僕の目は黒い。

今の僕は一体何なんだろうか、半吸血鬼とでも言うべきなのか?

中途半端だなあ。

まあ人間と吸血鬼は瞳以外外見は大差無いらしい。

頭がパンクしそうになったから大全を閉じる、というのは言い訳で現実と向き合わなくちゃと思ったからだ。

僕が何故こんなに冷静か、現実を直視していなかったからだ。

「これからどうしよう」

生物は必ず食事が必要であり肉食のライオンが草を喰えないように吸血鬼は血以外食べれない。栄養を接種出来ない。

いや、待て。人間の血である必要はあるのか?

大全を開き確認すると、まあ勿論人間のものじゃないと駄目だった。

まずは食料問題。

次に日光だ。こればっかりは試すことは出来ない、奇妙な冒険のように身体が崩れて死んでしまう可能性があるためだ。

食料は血ならなんでもいいなら輸血パックを吸えばいい。日光は生活するうえで必ず浴びることになる。

最後は瞳か。今はまだ良いが紅くなれば怪しまれる。

ん?そもそも吸血鬼の存在を知っている人間は居るのか?

少なくとも僕は知らなかった、教育機関でも言われていない、ということは。

「吸血鬼は人間に認知されちゃいない…か」

バレてはいけない。他の吸血鬼達は隠れ通している。それなら僕にも出来るはずだ。

生きたいのなら、友人にも、クラスにも話すな、抱え込んで抱え込んで墓場まで持っていかなくてはならない。

山奥や辺境の地に吸血鬼はいると思うが、僕はいつも通りの日常を送る。それが僕の目標、目指すべき到達点。

それを目指すのなら、多少の犠牲は厭わない。

部屋の窓を開ける、腹をくくる。

太陽が差し込む、震える手をゆっくり、ゆっくり日光に向かわせる。

ジュウウ、日光に手が入った途端手が燃える。

と思ったが何ともない、強いて言うなら少し倦怠感がある。

今度は全身に日光を浴びる、何ともない。身体が崩壊したりもしない。けれど倦怠感は拭えなかった。

「まあこの程度なら許容範囲…か」

他の吸血鬼はどうか知らないが生活するうえで日光は大丈夫なようだ。

でも今の僕は吸血鬼か人間か曖昧な存在、時間が経つに連れ症状が悪化するとま限らない。

「これ以上考えても無駄だな」

思考を頭の端へ追いやり振り払う。

遅刻だけど学校に行くか、あくまで僕は今日何もなかったように演じなければならない。

不自然じゃないように。


トラウマの路地裏を避けて学校に向かう。こんな時間に登校しているせいか奇異な目で見られる。

そんな視線を掻い潜り学校に到着した。当たり前なのだが校門は閉まっていた。

慣れた手付きで門を乗り越える。

「よいしょっと」

「まるで常習的に盗みを働いている並の手際の良さだな」

そうそうだからこんなことお手の物…

「って誰が泥棒だ!」

校門を乗り越え声の方向に向かって叫ぶ。

「ははっ、悪い悪い」

へらへらとしている金髪のこの男、僕の友達の蒼太だ。

「てゆうか今授業中じゃないのか?」

「残念!休み時間だ!」

いちいちムカつかせる奴だ。まあそれが良いところでもあり関わっていて楽しい。

「僕は遅刻の紙貰ってくるからまたな」

「おう!」

とげとげした金髪を置き去りにして職員室へ向かう。

廊下には結構な人が居て遅刻してきたのがまる分かりの僕が悪目立ちしてしまった。

恥ずかしい、よりも吸血鬼に噛まれても学校に来ている僕凄いのほうが強かった。

職員室の扉を開けてバレませんようにと祈りながら遅刻の紙を持っていく、今回は気付く先生は一人も居なかった。まるで僕の周りを闇が包み込んでいるように。





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