第35話



 今日は何故だか実験室に活気が無い、いや研究所そのものに活気が無いような気がする。

それとは逆にオオサワの研究チームはいつものように働き続けている。


 何かかが足りないような気がする。

コミネは忙しく働いているようなフリをしながら各実験室を覗いてみる。


 すると、ふと気がついた事、免疫学のチームが一人も居ない。

チームの研究員タケダは数日前から学会に行っている、それはコミネの独り合点であるが。

そうか、交代で学会に行っているのだ。

それなら合点がいく。

然し長い学会だな。

コミネはタケダを見なくなってから3日以上は経っているだろうか? いや丁度3日くらいか?

学会なら普通は3日間くらいだろう。

地方会なら1日で済むし、学術総会でも・・・、やはり3日間くらいだろう。

いや、そうじゃない、学会の後に講習会が開かれることもあるし、場所が場所なら開催地まで旅行気分でゆっくりと1日掛ける事もある。

何処まで行っているのであろうか? 

少し笑みがこぼれる。

然し、そうなるとお土産は土地の名産品? いや地酒? それとも地ビール? これは楽しみだな、とコミネは一人で更に笑顔を見せる。

タケダとコミネは、そういう仲で、仕事以外で外で会うことなど滅多にないが、どちらかが学会で遠くへ行った時などは必ずと言って良いほど、お土産を買って帰って来る。

互いに酒が好きであるからか、それとも何とはなく気が合うからか、いつからともなく、言ってみればお土産友達? のような関係になっていた。


 などと勝手な思い込みで廊下を歩いているとFACS(フローサイトメトリー)実験室の中で解析装置の前に立っている人を見かける。

どうも自分達の実験に必要な白血球を選別しているようだ。

免疫学チームの新人か?

コミネは新人っぽい研究者に声を掛けてみる。


「先生、学会は何処で開かれているのですか?」


「え? 学会?」


「ええ、そうですよ。今日は免疫チームの人達、誰も見ませんから、てっきり免疫学会か、何か他の学会かと思ったのですが、違いますか?」


「ああ、それで、ですか。実はタケダ先生が亡くなられて」


「えっ。タケダが? タケダ先生が亡くなったって?」


「そうです、三日前に交通事故で。ひき逃げだそうです。昨日の夜に息を引き取られて、うちのチームは全員お葬式に参列しに行ってます。僕もこの実験結果が出たらお葬式に行きます」


「タケダが」


コミネは暫く呆然としていたが、独り呟く。


「何がお土産だ。この大馬鹿野郎が」


「え、何か?」


「いや、なんでもない」


吐き捨てるように言うとコミネは、その場所から去って行った。

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