第33話



 タケダとコミネは廊下に置いてある長椅子に腰掛ける。

夜になれば、この長椅子はベッドになる。

タケダが白衣を毛布がわりにして眠っている時がよくある。

コミネは研究員室にソファーベッドがあるのでそこで眠る。

オオサワ、ある意味ではコミネも優遇されていると言っても良いのか。


 缶珈琲を飲みながらタケダが喋り出す。


「P3 room の奥の部屋、何に使われるかご存知ですか?」


「まさか、私には関係ない話ですよ」


「何か、不安な気持ちになるのですよね」


「あまり深読みしない方が良いですよ」


「そうですね」


「ええ、知らないふりをすることが良い時もあります」


タケダの飲んだ珈琲がゴクリと喉を通る音を鳴らす。


「数日前のことなのですけど、あの3人の先生達の話が聞こえたんですよ。研究員室に先生がいらっしゃられなかった時に、ですけどね。意外と大きな声でオオサワ先生が喋っていたので廊下側に声が漏れてましてね。何故か、若い女性の血液が必要だとか、先生は、これもご存知ないとか?」


「いえ、さっきP3 room から出てきた時にそのような話をしていましたね」


「どれくらいの量かご存知ですか?」


「そんな詳しい話までは知りませんよ」


 コミネとしては当然のことである。

知らない方が良い、守秘義務の責任が出てくる、そうハナダは言った。


 続けてタケダが興奮気味に言い出す。


「200mlですよ、そんな実験ってありますか? その後は声をひそめて喋り出したようなので分からないのですが」


「それって、輸血1単位じゃないですか」


「そうです、正常な血液が必要なら、今の分析器だと最小量ならマイクロ・リッター単位、どんなに使っても10mlを越えるなんて信じられない」


「まさか」


「ええ、そのまさかです。血液1単位を使うとなれば、正常範囲の測定などという生易しいものじゃない。何かの生体実験としか考えられない」


「いえ、やめましょう」


「では、あのP3 room の奥の部屋、おかしいと思いませんか?」


「ええ、確かに、でも、この話はやめた方が良い」


「そうですね・・・、妙な考えは捨てた方が良いかもしれない。同感です」


その言葉を聞いてコミネは、残りの缶の中のほんの少しの珈琲を一気に飲んで、


「さあ、もう30分以上経ってます。私も先にスイッチを入れたPCR の結果が出ている頃です。行きましょう」


「勿論です、目の前にある事実、いや、実験を解決しないと、ですよね」


二人はベンチから立つと互いに肩を叩き合って別れた。

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