第12話
夏も過ぎ、涼しい風が吹いている。一年の内で一番短く心地よい季節が灰色の街に、公園から落ち葉を運んで来る。
コミネは、研究所の近くにある公園の隅で煙草を燻らせている。
春には陽気に誘われて、若い人達が集い、子供達が走り回っていた。が、秋は涼風に誘われてやって来る人はまばらだ。
缶珈琲のプルタブを引っ張り、一口飲むと、ポケットからもう一本煙草を取り出し火を付けようとすると、向こうから少年が二人、小さな自転車のペダルを精一杯の力で踏みながら、全速力であろう速さで、コミネの座って居るベンチに近づいてくる。コミネはオイルライターを手のひらに収め、少年達を眺める。風を斬って自転車を走らせている少年たちの前髪は後ろの方へたな引き、丸く健康そうな額が小さなボールのように飛びだしている。
コミネは一人、小さく笑い、少年たちが過ぎ去るのを確かめてから、煙草に火を灯す。顔を上げて空に向かって煙を吐くと、夕暮れの空に鱗雲が赤く染まっている。そこへ、一人の青年が近寄って来る。手にはパンを一つ、コーラのペットボトルを持っている。
「先生、休憩ですか」
モトキである。
「ええ、少し風にあたりながら、こいつをやろうと思いましてね」
コミネは煙草を目線辺りまで上げて微笑む。
「そうそう、オオサワ先生からの伝言で、次の日曜日に自宅でバーベキューパーティーをするから集まるようにとのことですよ」
「そうですか、また講演会でもあるのですかね」
「どういうことですか」
「時々されるのですよ。講演会が、じゃなくてね。講演会用に写真を撮られるのですよ。『私達は非常に厳しい環境で一生懸命に研究に勤しんでおります。然し、そんな環境の中でも、こうやって仲間同士の親睦を図りリラックスできる時間も作っております。要するにONとOFFをはっきりさせて頑張る時は頑張る、楽しむ時は楽しむを私達は大切にしているということです。因みに今ご覧いただいているスライドの写真は私の家の庭で、バーベキューをしながら皆んなで楽しんでいる所です。以上です、ご清聴ありがとうございました』ってね」
コミネは、オオサワのモノマネをしながら言う。モトキはそれに答えて笑顔を見せて、言う。
「そうですか。バーベキューも仕事のうち、て言うことですね。先生は休憩ですか、それとも仕上げの一服ですか」
「ええ、戻りますよ。お互い残業ですね」
コミネはモトキが持っているパンとコーラを見ながら言う。
「ですね、ではまた」
「ええ、また」
モトキが足速に去って行った後ろ姿を見ながらコミネは片手を上げるが、勿論モトキは振り返りもしない。そして、コミネはもう一度赤い空を見上げながら呟く。
「明日も、晴れる、な」
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