第11話



 ハナダはコミネを横目で睨む。それに対して気付かぬふりをしながらコミネはハナダに声を掛ける。


「先生、先生も一杯いかがですか」


「コミネ先生、実験はもう終わったのですか」


「ええ、今日も終わって、時間は明日になっています。晩御飯でも食べて、ソファーで寝ますよ」


「そうですか、でもビールなんか飲んでる暇があるなら他に何かできることもあるのではないですか」


「そう、あるかもしれませんね。でも、今日は終わりにします」


「コミネ先生は、ここへ研究をしに来られているのですよね」


「それを言われると辛いですね」


「先生には、夢とかないのですか」


「夢ですか? 無いですよ。今を淡々と生きる。夢は、思いを持った時から戦いが始まる。私には合わないように思えるのです」


 ハナダは首を横に振りながら、研究ノートを書棚から取り出し、研究員室を出ていく。


 コミネは、温まった豆腐を口に入れ、一本目の缶ビールを飲み干すと、冷蔵庫を開けて二本目を取り出す。今夜は、三本飲もうか・・・、などと独り言を呟く。


 若い頃は確かに夢を持って、この世界に飛び込んだ。そして、ことごとく潰されてきた。圧力に屈服してきたのではない。この世界には抗えないものが存在するのだ。今は、答えは無い、研究を好きでやっているのか?嫌いなのか?・・・、どちらでもない。楽しもうと思って実験をすれば、必ずと言っていいほど楽しめない事象が起きる。苦しまないようにと努力すれば、自分を苦しめるであろう事象に悩んでしまう。ならば、淡々と今を生きる。与えられた人生ならば、そのように生きるしかない。自分で選んだ世界なら、他人など関係なく、目の前にある世界だけが自分だけの世界であり、その世界は誰のものでもない。他は存在しない、自分のための人生ならば、今以上の楽しみを望まず探さず、他者から与えられる苦しみに悩まず、悩まないのだから耐えることもない、今あるものに満足し、感謝して生きれば良い、のではないか?


 そんな事を考えながら、コミネは豆腐を口に入れると、さっきまで熱かった豆腐が温くなっている。ランプのアルコールが無くなって、芯が焦げていた。

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