第9話



 今現在のモトキは研究に没頭している。腫瘍細胞を正常な細胞に甦らせる、そんなことが本当に出来るのであろうか?疑いは消えてはいない。


 オオサワの言葉をそのまま借りれば。


 正常細胞が腫瘍細胞へと変化していく機構は、先ず遺伝子の変異がある。それはヒトの体では常に起こっていると言っても良い。然し、その異変を監視するシステムがある。例えば、サイクリン・ファミリーと呼ばれる監視システムを司っている因子などがある。細胞が分裂する時に必要な酵素でもあるが、遺伝子に異常があると細胞分裂を阻害する方向に働きかける。その情報は次々に伝達され、最後には細胞破壊に繋がる。体に悪影響を及ぼすものは死ね、細胞が自殺するように促すシステムである。腫瘍細胞の死、これをアポトーシスと言う。


 また、このアポトーシスは、細胞再生にも役立っている。例えば、血管再生。破れた血管が繋がると言う事ではなく、血管の内側には内皮細胞と呼ばれるものがあり、この細胞は若くして細胞自殺を促される。ヒトで言えば50歳まで、と言うところであろうか。その細胞自殺の理由は、血管の内側にある内皮細胞のおかげで血液は潤滑に流れることができている。この内皮細胞が歳をとって働き盛りを過ぎてしまうと、そこで血液凝固が起きる。凝固した血液は血流に乗って流れて行き、一番細い毛細血管で血栓を作る。毛細血管の多い所で血栓は作られやすい。そこは、一番栄養と酸素を必要とする部分、脳である。


 オオサワは、この二つのシステムを一括して利用しようとしている。腫瘍細胞を外科的に摘出し、残存しているであろう腫瘍をアポトーシスに追い込む。これには、体内で働いている腫瘍抑制機構が、ほんの少しでも間違いなく働く制御機構、要するに完全でなければならない。その為には、摘出した腫瘍細胞を培養し、腫瘍に対して抑制的に働く因子を徹底的に調べなければならない。原因が掴めると、壊れている機構をクローニング技術で正常に戻せる。腫瘍再発の可能性は限りなく0に近くなる。


 と言うことになる。

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