第7話
顕微鏡室の隣の部屋で物音がする。表札を見ると細胞培養室と書かれてある。そこでは、一人の中年の男がクリーン・ベンチに座って作業をしている。モトキは作業の邪魔にならないようにゆっくりと近付いて行く。
「モトキ先生ですか」
コミネは振り返りもせずに声を掛ける。
「あ、はい、作業のお邪魔をして済みません」
「どうぞ、宜しいですよ。今日は見学ですか? 私はコミネ、下っ端の研究員です」
「とんでもありません。お噂は伺っております。これは細胞培養ですか?」
「ええ、こっちはA549、それからこっちはHT1080、です」
「えーと肺の腺癌細胞と・・・、」
「HT1080は肉腫です。先生は呼吸器外科出身でしたよね」
「ええ、そうです。よろしくお願いします。これから、この細胞で実験をなさるのですか」
「いえいえ、次の実験に細胞量が足りないので継代培養して増やしているところです」
「どのような実験計画を立てておられるのですか」
「あははは、A 549はうちのボスが作った遺伝子を導入して癌細胞を死滅させる、いわゆる自爆させる、っていう感じですね。但し、成功すれば、の話ですよ。HT1080はヌード・マウスに移植します。腫瘍が大きくなった頃に取り出して腫瘍細胞内、若しくは細胞外表面蛋白質と遺伝子を解析します。まぁ、既に分かっているものを再解析して、どうにかして腫瘍発現機構を潰せないものかと検討してみよう、みたいな放課後のクラブ活動的実験です」
「そうですか、ありがとうございます」
「いいえ、見学が終わったら声をかけてください。下でコーヒーでも飲みましょう、と言っても缶コーヒーですけどね。奢りますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます