第5話



 コミネは、ある意味、研究主幹オオサワの怒りの吐口になっている。


 オオサワは人としても優れている人物と思い込んでいる。否、勘違いをしている、と言った方が正確であろう。


 コミネは出来るだけオオサワの怒りを買わないように行動をしている。お人好し?気が弱い?どちらでも無い。上下関係は絶対である。ただ単に、オオサワがコミネを怒りの吐口として選んだ。理由はそれだけで是も非も無い。充分なのだ。そしてコミネは受け入れるしか無い。後は無い。この世界で生きて行くには、従うことをやめた時点で、出世を諦めるか、他の仕事を見つけるかしか無い。


 ある日、研究員室でコミネはオオサワの怒りを買うまいと、人間とはこうあるべきなのだ、というオオサワの話をいつも以上に真剣な顔をして聞いていたが突然、


「君ね、そういう真剣な顔をして人の話を聞くものじゃない。もっとリラックスして聞きなさい。真剣過ぎる態度は返って相手の反感を買うものなんだ」


 決して間違えているとは言えない。が、言い方に違和感を感じる。しかも研究の事であれば別だが、人として生きる為の教訓めいた事を、この人物からは聞きたくなかった。コミネはそう思っている。


 成り上がり、その道で成功した人物は、人間としても完成体であると信じきっているところがある。常に苦労は自慢話になる。自分を否定する人間は非道の者に変わる。自分自身に非は無い。弱き者を助けると言いながら、常に成功者に寄り添いながら生きて行く。上に立つ者は、人格さえも上であると勘違いしている。


 生きる事、偽物の成功者達、コミネにとってオオサワは、そういう人物達の典型である。

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