第3話



 モトキはオオサワの後輩に当たる。


 医学部でも、彼は優等生で通して来た。


 成績が優秀なだけではなく、人格者として学部内での評判も良く、強い精神力を持ちながらも人に優しいところがあり、誰もが優秀な医者になるだろうと思っていた。


 そこに目を付けたのがオオサワである。モトキは医学部を卒業し、研修医として働き出し、各科の医師達からも信頼されるようになった。


 研修医も終わる頃、志望する科を決める事になるが、彼の周りの殆どが、皮膚科、耳鼻科、眼科、次に内科、と出来るだけ生命に関わらない科を選んでいたが、彼一人だけは外科系一本に絞った志望であった。何処の外科へ行くかは、まだ決めていないある日、大学から連絡があり、呼吸器外科の教授室に呼ばれる。教授室には、教授の他に一人見知らぬ人物が立っている。頭の毛が薄くなり始めた中年の男が嫌らしいほどの笑顔を湛えて応接セットの椅子に腰掛けている、オオサワである。


 オオサワの言葉を簡単に言うと、


「君には素晴らしい知識がある。手先も器用なので外科医としても優秀な医師になれるだろう。だからこそ、研究もして学位を取得し、将来は教授になって、これからの医学の指導者になってもらいたい」


 噂は聞いている。オオサワの口車に乗る訳にはいかない。然し、教授の前で断ることもできない。勿論これもオオサワの仕組んだ設定である。この世界で教授に逆らえばどういうことになるかは知っている。モトキの先輩で、飛ばす、をされた医師がいる。その先輩も誰もが認める優秀な医師であった。数年後には助教授として医学部に戻り、間違いなく教授になるだろうと思われていた。然し、当時の教授の友人である開業医の息子を助教授にする為に、その先輩の医師は辺鄙へんぴな市民病院に転勤させられた。喜んだのは飛ばされた先の市民病院の各部長である。何かあると先輩どころか上司までが彼に相談に来る。忙しさのあまりに彼の身体は壊れる寸前である。更には、そんな彼を妬む人間も出てくる。優秀も過ぎれば嫉妬の対象になるだけ。そして彼は壊れた。人付き合いが嫌になり、田舎暮らしを選び過疎地医師として志願するが、そこでも地域住民の習慣に慣れず、その村の人々と関わりを持とうとしない。好きだとか嫌いだとか、そんなものでは無い。既に人付き合いも出来ないくらいにまで、彼は精神を病んでしまっていた。


 数日後、教授室の電話が鳴る。


「モトキです。微力ながらもオオサワ先生のお手伝いをさせていただきたいと思います」

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