ボトルシップ・宅急便・エンドロール
宅急便というのは商標らしい。しかしどこぞの映画でタイトルに採用されてからというものの、その固有名詞は普遍的なものへと成った。
実際、急いで宅配するサービスを宅急便と称するのは理にかなっている。黒ネコでも日本モチーフでもないが、速達サービスの一つを宅急と書いて紹介している仕事もあった。俺の勤め先である。
小規模な会社で、運ぶのもトラックではなく個人所有の車。当然持っていける荷物は限られてくるが、むしろ住宅街へもスイスイと進んでいける軽車両の方が有りがたられるような、こじんまりとした宅配業務。
大きな企業ではなく、個人間、つまりエンドユーザー同士での荷物を代わりに送るのが仕事だ。
大手の、それこそ宅急便であるところと違うのは、県内であれば即日で伺って当日に配達を終えるところだろうか。いわゆる集配作業がごく最小限で、荷物を拾ってから送るまでのタイムラグが短いのだ。
さて、そんな仕事だから、色々と慌ただしい依頼も多い。
微笑ましいものであれば、旦那さんが仕事に必要な何かを忘れたから送ってくれ、程度。しかし時には締め切り間近の原稿であったり(デジタル化しろよ)、また時には空港へパスポート含む大事な荷物を届けに行ったこともある。
無駄に最先端のGPSアプリなんぞも導入した会社なため、預かってから届けるまでの荷物の流れが利用者同士で分かったりするものだから、割と何でも運ばされる。流石に法的にアウトなものは対応していないし、事前に荷物を確かめさせてもらってから預かっているので、トラブルに発展することは珍しい。精々が時間内に届けられない場合だが、俺から言わせてみれば個人都合で遅刻しているのは利用者の問題だろ、というのが正直なところ。まあ、そういった事情を踏まえているからか、割と利用者も違約金さえ払えば『私が悪かった……』で納得してくれることが殆ど。クレーム対応にまで人を割くほど、あれこれとトラブルが起きたりはしないし、そもそも起こしたら会社側からも結構厳重に注意されるのでみんな気をつけている。
そして別件でトラブルが起き得るとしたら、運送中に荷物が破損した場合だ。
幸い、ワイルドにスピードを出さないといけないほどのヤバい荷物はないものの、過去には精密部品の梱包が悪くて運送中にデータが飛んだ、という事例があったらしい。
それ以来、過剰なまでに梱包材を車に積まされているのだが、まあ大抵の荷物はこれでなんとかなる。なんとかなるのだけれども……。
「ボトルシップ、ですか……」
「ええ、はい……」
依頼で入ったお宅の一室。眼の前に置かれた、ワインボトル入りの精巧な作りの船――ボトルシップを見て、愕然と尋ねる。依頼人は少しだけ迷いつつも、今回の荷物がそれであることを肯定した。
割れ物とは聞いていたが、ボトルシップとは……いや、水も張ってあるし、いっそナマモノ扱いにすることで集配対応外なことを――
「食べ物から割れ物まで、なんでも運んでくれるサービスって聞いていたので……ダメ元でやってみようかなと……」
ちくしょう、ちゃんと説明読んでやがる。断ったら評判に響くタイプの依頼だコレ。
「ええと、そうなのですが……一応、指定時間含めて事情をお伺いしても……?」
「あ、はい。時間は今日中で……最悪、明日の朝までならなんとか大丈夫かな、と」
おや、ずいぶんとアバウトで緩いな。いやでも荷物が緩くない。明らかに割れやすそうなボトル、というか既にちょっとヒビ入ってる。あと中身の船もやたら出来が良い。これ車で無事に運ぶのはかなり厳しいぞ……?
まさか、あえて道中で破損扱いにして違約金をせしめるパターンか。でも依頼人は申し訳なさそうに縮こまっており、とてもではないが、見かけからそんな悪どいことをやってくるような人物には思えない。無論、見かけは見かけでしかないが、それでも更に事情を聞いてみる。
「ええと……ちょっとオタクっぽい話になっちゃうんですけど……」
「いえいえ、全然構いませんよ」
こんな代物持っている時点で相当なもの好きであるのは分かりきっている。今更オタクっぽい話と言われたところで当然のことだとしか思えないし、向こうも多分社交辞令的に言っているだけだ。愛想よく続きを促す。
「これですね、とある映画のエンドロールで使われたものなんです」
「へえぇ。ということは、結構貴重なコレクションになるのですかね?」
「いえ、コレ自体は模造品ですね。それに自作ですから、大して価値はないかな、と……」
「はあ、自作で……自作!?」
「え、ああ、はい。映画に影響されたもので……」
なんだその無駄に洗練された技術。ていうかボトルシップってどうやって作るんだ。それもこんな立派なボート。
「凄いですね……それじゃあ、送り先も映画の同好の士といったところでしょうか?」
「同好の士、ってなんでしょう?」
「あっ……えーっと、同じものが好きな人、って意味です。すみません、古い人間なものだから、古い言い回しで……」
「はあ。えぇと、まあ、そういう感じですね」
オタクは通じるのに同好の士って言葉が通じない。時代か、時代の問題だな、うん……。
依頼人も何となく理解したようで、曖昧な相槌を打つ。
「なるほど……それで、時間指定のお話ですが、本日中というのは?」
「あ、はい。その相手、えーっと……同好の士? さんが、急遽遠くに行かれるということでして……せめて最後に、ご自宅のセットに並べて眺めておきたい、と」
「ああ、はい。なるほど。同好の士さんがですね、はい」
こちらの方も結構なコミュ障なのではなかろうか。同好の士さんて。もうちょっとなんか良い言い回しなかったのか。でも突っ込むのもやぶ蛇だ。流して続きをまた促す。
「それで、セットの再現にこのボトルシップだけが欠けているから、是非それを再現して目に残しておきたい、みたいな……」
……なんだか歯切れが悪いな。少し込み入った事情がありそうだ。
というか、その言い方はどうやっても重めの事情だ。色々察してしまう。
遠くに行くと言っても、飛行機には積めないものだろう。そのうえで最後に、なんて言い回し、暗に二度と目にすることが出来ないのを伝えているようなものじゃないか。
「事情は分かりました。しかし、如何せん自動車での運送となると、ご指定のお荷物では耐えられるかどうか……」
「そうですよね……自宅でも何度か組み直しているし、やっぱり難しいですよね……」
「ええ、まあ……組み直している!?」
「へ? ああ、はい。使っている接着剤のせいか、たまにズレたりしてて……」
論外。色々と論外。こんなものを壊さずに運べって、無理だって。というか器用すぎるよ、この人。
でも重めの事情を聞くと、ちょっと無碍に断るのも憚られる。ひとまず悩む動きをして場をつなぐ。
「うーん……配達先の方のご自宅で再現させたいのだとしたら、やはり難しそうですね……なにか、組み直せるような説明書とか……いや、自作だからないですよね……それに自室とかで眺めるとしたらやっぱ向こうで――」
「あ、自室じゃないですよ」
「えっ」
「え?」
なにをいってるんだこいつは。
頭が思考停止して間抜けな声が出た。とっさに罵倒しなかっただけマシである。
「その人、今は入院中なんです。それで、ええっと、まあ……事情があって、入院前に用意しておいたセットと並べて、病室にいても映像で見られるようにしたい、と……どうしました?」
「あー、そのですね……ひとつ、ご提案なのですが……」
片手で頭を押さえて、もう片手で指を立てる。そして、提案を口にした。
「むしろ、そのセットをこちらへ送って、撮影した映像をお届けするのはいかがでしょうか……?」
「…………あっ!」
得心がいったようで、依頼人は大声を上げた。
三題噺シリーズ 枝葉末節 @Edahasiyou
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