お題=同棲・メール・親友

 浅い眠りから目覚める。大抵こういうときはあの馬鹿が騒いでいるときだ。

 自室からは聞こえない声量だが、部屋を出ると防音室越しにも喘ぎ声が聞こえてくる。まあ、スタジオでもない防音室なんてこんなものだろう。

 のぞき窓の着いた扉から室内を確かめる。中では男女がまぐわっていた。着衣したまま体を上下させ、突きこまれる度にわざとらしく身体を震わす。


「イエーイ彼氏くん見てるぅ? もう彼女さんはオレにメロメロでーすっ。残念だったねぇー」


 寝取りモノからテンプレのセリフでも借りてきたのかと言わんばかり。間男役の彼も何度この台詞を口にしたのやら。彼氏と彼女役、どちらも仲が深いから、今更あえてツッコミを入れたりはしない。ただ彼らの悪趣味とも言い得る遊びに付き合わされる人は哀れだと思った。


 スマホからメッセージを送る。朝飯作るから十分以内に終わらせろよ、と。通知に気づいたらしく、のぞき窓に向かって片手でピースを返してきた。


 意思が伝わったならもういい。扉から離れて、キッチンへ向かう。朝食はなにが良いだろう。冷蔵庫を開けて、適当に調味料や食材を吟味する。ありきたりだけど、ソーセージと目玉焼きにでもしようか。

 材料を取り出して、軽く調理していく。フライパンには油を引いて、温まった辺りでソーセージから投入。軽く焼き目が付いた辺りで別の皿に避難させ、今度は目玉焼き。底がパリっとしてるくらいが好みだ。味付けは自分だけソース派で後の二人は醤油派だった。胡椒を軽くパラパラと振りかけるだけで皿に盛り付ける。ま、こんなものだろう。そう満足した辺りで、扉の開く音が聞こえた。


「おはようございます。起こしちゃいました?」

「構わないよ。そろそろ起きる時間だったし」


いかにも遊び人といった風情の間男役、アキラは口調を整えて確認してくる。さっきまでのは演技とかロールプレイみたいなもので、彼の根っこは真面目だ。なにが間違って今みたいになっているかは、一目惚れしたのがメイトだったからというしかない。

 

「そーそー。我らが親友はこんなことで動じたりせんさ。なーユウオ」

「お前はもうちょっと自重しろ。わざとふしだらな真似してピュアな青年の心を粉砕するのに心血注ぐな」

「えー、面白いじゃん。ラインくらいでしか繋がってないヤツから必死のメッセ来るの笑えるよ」


 何度目か分からないため息を吐く。メイトは心が腐っているタイプのビッチだ。人をからかうのが大好きで、ただ程度が桁外れしている。こんなヤツに寝取りモノを見せたのは一体誰だ。余計な遊び方を学んでしまったじゃないか。


「お前はなぁ……いや、もういい。さっさと飯食え。早い時間から講義あったろ」

「おお、いっけねーいけねー。ほいじゃあ頂きまーす」


 三人でテーブルを囲う。それから普段どおりの食事をしていた。いや、するハズだった。


「んー? ユウオ、なんか変わったモン入れた?」

「え? いつも通りだけど……なにかあった?」

「いや、ちっと気分が悪くて……なんだこれ」


 彼女自身ですら分かっていないようで、首をかしげて箸を置く。珍しくメイトは朝食を残した。アキラは特に変調を見せず、オレ自身も問題なく食事を終える。


「大丈夫ですか? 途中病院にでも寄ったほうがいいのでは」

「アキラくんは心配性だなあ。少し気分が悪いだけだよ。第一何科に通うのさ」

「ええと……産婦人科?」


 彼の一言で、空気が凍えた気がした。メイトは頬を引いたまま固まったし、アキラもその反応を見て声も出せないようで。加えて二人の関係に覚えがあるオレも理解してから言葉にするまでだいぶ時間がかかった。


「メイト、お前避妊は……」

「え、いやーその……面倒だし、生の方がより映えるじゃない?」

「あっ……先に検査でも行きますか……?」


 天井を仰いで目を覆う。やっぱ馬鹿だこいつ。


「タクシー呼びます。早めに着替えて待ってて下さい」

「お、おーう……ごめんね……」


 事後早々に全員がぎこちなく動く。うんまあ、そうなるよな。

 こうして親友たちという立場から変わって、夫婦プラス親友一人が我が家の住民構成になった。


 それからはもう、目まぐるしいものだ。

 妊娠が発覚し、突然メイトは母親になった。大学を辞めて、妊婦として身体をいたわる生活に切り替わっている。アキラも大学をやめて、高卒で入れる工場へ入社した。元々工業高校出だったから、幸いにも就職先は早く見つかった。

 住まいも別にこのまま住んでても良いと言ったが、二人はそれを断る。一緒に暮らすのもやめ、家を出ていく二人に軽く手を振って別れた。


 ――そうして一年も経たぬ頃。ラインではなくメールが届いた。諸々順調に事は進んでいて、その手伝いをしてくれたとお礼を添えて現況報告が書かれている。

 スマホでぼけーっと眺めながら、一人自室に寝転がる。元々部屋が余るからなんてメイトと共に同棲を始めたが、誰もいなくなって途端に孤独を感じるようになった。

 ベッドで寝返る。ああ、一人は寂しいな。

 それよりももっと、喉に詰まったままの言葉がずっと言えなかった。


 なあメイト。オレはお前が好きだったんだよ。


 あいつがやってた寝取りモノなんかより、余程心に涼む痛みがあった。

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